約 4,593,589 件
https://w.atwiki.jp/i_am_a_yandere/pages/340.html
264 :ヤンデレウィルスに感染してみた [sage] :2008/06/16(月) 01 11 04 ID vTbj9rqy 『heartshot』 Aim――HeadShot 今日も一匹、主に擦り寄ってきた醜い肉の塊をモノに変える。 弾けた頭部が、醜悪な肉塊のくせに割りときれいな花を咲かす。 この肉を沈めたのは、まあ、予防だ。 これ以上近づかれては目障り、それで十分。 前の前の汚物は主の唇を奪った、だから撃った。 撃ったといっても口を広げてやっただけ。主を汚した唇と引き換えに。 風穴開いた大口なら馬の×××も咥えられるだろう、ビッチにはお似合いだ。 明確な罪状があるのはそいつだけ、だと思う。多分。 主がまるで誘蛾灯かのように、蟲は寄ってくる。 何匹狩ってもきりがない、次から次へと沸いてくる毒蛾ども。 一匹一匹撃ち落すのはいささか面倒ではあるが、主との二人だけの世界のため。 苦労があるからこそ、喜びもひとしおだ。 二人きりの時間、主と私の至福の一時。 油断した。 少しペースをあげすぎたか、犬どもに嗅ぎ付けられた。 見つかってからの奴等の対応は意外と早い、思ったより優秀。 それが鼻につき逃走途中に数人を地獄へと突き落とす。 仲間を殺され怒った奴等は数を増し、あげく特殊部隊までご登場。 どっちが悪いのかも分からないのか、所詮犬だ。 そして愛の逃避行は終わりを告げる。 囲まれた、地上は盾を持った亀に包囲され、高所にスナイパーが3人、スコープから主を視姦する。 後数分もしない内に主は狙撃され死ぬだろう。 それは嫌だ、とても嫌なことだ。 けれど、主を他人の手に渡すことはもっと嫌だった。 だからせめて、最後は私の手で。 そこで気づいた。気づいてしまった。 私では主の心臓を打ち抜くことができない事に。 その時、音速を超えた鉛が主の胸を貫いた。 Aim HeartShot 正確に心臓を貫かれ開いた穴から血液が噴出し私へ降りかかる。 ああ、なんて、あたたかい…… 私を離すことなく、膝から崩れ落ちる主。 HeadShot 主は頭部の半分を亡くし絶命し、私は地面へ放り出された。 広がる主の血の海に沈みながら、主の匂いに包まれながら私は願う。 もしも、生まれ変われたのなら、私をもう一度主のモノにしてください、と。
https://w.atwiki.jp/i_am_a_yandere/pages/373.html
254 :終わらないお茶会 ◆msUmpMmFSs [sage] :2006/07/11(火) 18 57 10 ID /EufeoYV 「雨に――唄えば――」 いつものようにいつもの如く幹也は歌う。唄のワン・フレーズ。雨に唄えば。 狂ったオルゴールのように、退屈を紛らわせるかのように、幹也は歌う。 「――雨に――唄え、ば――」 唄うたびに腹と足が痛む。抜くと血がこぼれるせいで、刺したまま抜いていない。 放っておけば死んでしまうだろう。 抜けば致命傷になるだろう。 適切な治療をすれば、助かるだろう。 けれど、幹也は、そのどれもを選ばなかった。 椅子から転げ落ち、本棚に背を預けて座り、ただ唄う。退屈しのぎの唄を。 「あ、めに――うたえ――ば――」 腹に力をいれず、喉だけで唄うので声は小さい。 それでも身を動かすたびに、腹と足の傷が痛んだ。 足に刺さっているせいで、動くこともできない。 そして――地下図書室にいるもう一人。 マッド・ハンターは、にやにやと笑ったまま、動こうとはしなかった。 助けることもなく、ただ、見ている。 見ている、だけだ。 「どうして、どうして、どうしてなのかな? 君がその唄を好きなのは」 椅子に座ったままマッド・ハンターが問う。 幹也は顔だけを動かして、 「あの映画でさ……唄いながら蹴り殺すシーンがあるんだよ」 シンギング・イン・ザ・レイン、ではなく。 時計仕掛けのオレンジ。 主人公が「雨に唄えば」を口ずさみながら、まったく無関係の、罪もない人間を、愉快げに蹴り殺すシーン。 その情景を思い浮かべながら、幹也は続ける。 「あれが楽しそうでね――全然、退屈そうじゃなくて。 そう思ったら、癖になってたんだよ」 「そうかい、そうかい、そうなのかい。それで、君は退屈から逃げられたの?」 「まさか」 幹也は笑い、 「退屈だよ。今もね」 255 :終わらないお茶会 ◆msUmpMmFSs [sage] :2006/07/11(火) 18 59 03 ID /EufeoYV マッド・ハンターも笑って、「死に掛けてもそれなのね」と笑った。 幹也は顔をマッド・ハンターから逸らす。 視界にあるのは、本棚だ。 かつて狂気倶楽部にいた人間が書いた小説。あるいは日記。 自分も何か書こう。そう思った。 ただし、すべては生き延びればの話で――このままだと自分が死ぬことを、幹也は自覚していた。 「君はどうするんだ」 ふと思い立って、幹也はそう問いかけた。 顔を再びマッド・ハンターへ向けると、不思議そうに首を傾げているのが見えた。 「なにが、なにが、なにがだい? どうすると言われても。 もう少ししたら、『盲目のグリム』よろしく帰ろうかな」 「あの子……やけにあっさりと帰ったけど。なにがしたかったんだ?」 「君を殺したかったんだろう、殺したかったんだろうね。 そうすれば、自分だけのものにできるから。 ……いや、でも違うかもしれないわね。 単に君の両足をぶった斬って、二度と離れなくするのかも」 ――どちらにしろ、彼女じゃない私には判らないよ。 マッド・ハンターはそう言って、言葉を切った。 幹也を刺したグリムは、あっけないほどに外へと出ていってしまった。 帰ったのか、何か用事があるのか、幹也には分からない。 ただ、ああまで言っていた以上、戻ってくるのだろう。 そして、戻ってきたときに幹也が死んでいても――それでも構わず愛するのだろう。 「――で、きみはどうするんだよ。 ヤマネにしたみたいに、死んだ僕の髪の毛でも持っていくのか?」 「まさか、まさか、それこそまさかだよ!」 両手をあげてマッド・ハンターは笑い、 「私は死人の髪を集めて『帽子』を作る 狂った狩り人(マッド・ハンター)にしてイカレ帽子屋(マッド・ハッター)だけどね。 あいにくと、狩られるのはごめんです」 「狩られる……? グリムにかい」 マッド・ハンター答えずに、ただ笑うばかりだった。 幹也は肩を竦めようとして、腹に刺さったナイフが動き、痛みに「う、」と声を漏らしてしまう。 できることなら、大声で叫んで、痛みに泣きまわりたい。そう思った。 そうしなかったのは、それが単に――面白くないことだからだ。 そんなことをしても、退屈は紛れない。 殺したいなあ、と幹也は思った。先輩のように。ヤマネのように。 256 :終わらないお茶会 ◆msUmpMmFSs [sage] :2006/07/11(火) 19 00 17 ID /EufeoYV 「愛したいなあ……」 けれど、口から漏れた言葉は、まったく別の言葉だった。 あるいはそれは――幹也にとっては、同じ意味だったのかもしれない。 「ああ、うん。そうだね――愛したい」 幹也の心を占めるのは、退屈だ。 けれど、その退屈に混じって――その思いがあった。 今更ながらに、理解する。 愛が欲しいのだと。 そして、愛されたからこそ、里村・春香は死んだのだと。 今更ながらに、理解する。 「雨に――唄えば――」 再び唄い出す幹也。 その唄を聴きながら、さりげなく、本当にさりげなく、マッド・ハンターが言った。 「そういえば、そういえばだけれどね。最近グリムの他にもう一人、新人が来たわよ。 君と同じように、その唄が好きな人」 へぇ、と幹也は気なく返事をする。 マッド・ハンターも、さぞかしどうでもいいことのように、言う。 「『女王知らずの処刑人』。八月生まれの三月ウサギ。君の後輩だよ」 その言葉に、答えるかのように。 喫茶店『グリム』の入り口扉。 その扉が、ゆっくりと、開いた。
https://w.atwiki.jp/i_am_a_yandere/pages/1877.html
121 :迷い蛾の詩 【第四部・闇紡ぎ】 ◆AJg91T1vXs :2010/09/15(水) 13 22 16 ID u4Rt96y1 試験というものは、非情なものである。 学校か、それとも塾かは覚えていないが、どこぞの教師が言っていたような気がする言葉だ。 確かに、試験というものは容赦がない。 その試験を受ける人間が、物事を習得するために必要としている時間など関係なく、日時を一律に同じとして実施されるのだから。 中学や高校において、まず喜ばれないであろう学校行事の一つ、定期試験。 繭香の通う高校においても、当然のことながら期末試験の日は徐々に近づいていた。 いつもであれば、試験のために休み時間さえも勉強に費やしているところだろう。 父や母の手前、学業は常に優秀な成績を修めねばならなかったから。 そうでなければ、両親からの愛でさえも、享受する資格がないと思っていたから。 しかし、今の繭香にとって、それはもうどうでもよい事だった。 昨日の一件で、亮太は自分の事をどう思ったのだろう。 彼を信じたいと思う気持ちは強かったが、それと同じくらい、不安も強かった。 このまま、亮太が自分の事を色眼鏡で見るようになったら。 今までのように、真っ直ぐに自分と向き合ってくれなくなったら。 そう思うだけで、何事も手につきそうになかった。 周りの評価とは関係なく、亮太には自分を見て欲しい。 しかし、自分の全てさらけ出すほど、今の繭香には勇気もない。 現に、自分は未だ亮太の前で、堅苦しい敬語で話している始末だ。 自分を見て欲しいという気持ちと、全てを見せる事で嫌われてしまうかもしれないという恐怖。 その板挟みが、繭香の枷となっていた。 八方塞、四面楚歌。 繭香には、こんな気持ちを分かってくれるような友人はいない。 今の自分には、ただ、心の中で痛みに耐えることしかできないのだ。 昼休み。 木陰にあるベンチの上で弁当を広げながら、繭香は生気のない瞳で校庭を眺めていた。 時折、箸を動かしてはみるものの、何を食べているかはよく分からない。 ただ無意識に、目の前の食物を口に放り込んでいるだけだ。 「月野さん」 突然、後ろから声をかけられて、繭香はハッとした表情で我に返った。 「あっ……。 陽神、君……?」 気がつくと、そこには亮太が立っていた。 片手には購買部で売っているパンの包みを持ち、繭香のことを見降ろしている。 122 :迷い蛾の詩 【第四部・闇紡ぎ】 ◆AJg91T1vXs :2010/09/15(水) 13 23 22 ID u4Rt96y1 「ねえ、隣、いいかな?」 そう言いながら、繭香が首を縦に振るよりも早く、亮太はベンチに腰を下ろした。 「昨日はごめん。 なんか、友達のせいで、嫌な思いさせたみたいで……」 「えっ……!?」 「あいつは……理緒は、ちょっとがさつで無神経なところがあるからさ。 たぶん、月野さんがあそこまで怒るなんて、考えてなかったんだと思う……」 「で、でも……。 あの人が言っていたことは、本当ですよ。 私の家、確かに礼儀には厳しいですし……」 「それでも、人によっては、やっぱり言われたくない事ってあると思うんだ。 だから、あの時、それに気づけなかった俺にも責任はあるよ」 「そ、そんなことないです!! 私は、ただ……陽神君に、変な気づかいをされたら、それは嫌だなって思って……」 「なんだ、そんなこと? だったら、気にする必要なんてないよ。 噂とか、家とか……そんなこと関係なく、月野さんは月野さんでしょ? 俺、そういうの、あまり難しく考えない方だからさ」 「そうなんですか……。 あ、ありがとうございます!!」 目の前を覆っていた霧が、一度に晴れてゆくような感じがした。 やはり、亮太は最初から、繭香の思っていた通りの人間だった。 周りが繭香のことを何と言おうと、亮太はあくまで、繭香と対等に向き合おうとしてくれる。 それから繭香は、昨日のように亮太と談笑しながら昼食を口にした。 今までは味のしなかった弁当が、急に美味しく感じられる。 他愛もない話に花を咲かせていると、時間は瞬く間に過ぎていった。 「それじゃあ、俺はそろそろ行くよ。 試験も近いし……また、図書室で勉強しないといけないからさ」 パンの入っていた紙袋を丸め、そのまま鞄に押し込む亮太。 そんな彼に名残惜しそうな視線を送ると、繭香は立ち上がろうとした亮太の手を咄嗟に抑えた。 「あの、陽神君……」 「なに?」 「私も……一緒に行ってもいいですか?」 「えっ? まあ、別に構わないけど……」 亮太はなぜか渋い顔をしたが、繭香には関係なかった。 ただ、少しでも彼と一緒にいたい。 それが叶うだけで、幸せだったのだから。 123 :迷い蛾の詩 【第四部・闇紡ぎ】 ◆AJg91T1vXs :2010/09/15(水) 13 24 08 ID u4Rt96y1 ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ 物事というものは、全てが自分の思い通りになるとは限らない。 頭では分かっていても、今の状況を受け入れるのは、繭香にとっては心苦しいものがあった。 亮太と共に向かった図書室で待っていたのは、昨日、亮太の前で繭香の事について話した女だった。 天崎理緒。 亮太曰く、中学時代からの腐れ縁。 根は悪くないが、少々がさつで無神経な部分もあるらしい。 もっとも、そんな些細な事は、繭香にとってはどうでもよかった。 (この女が、余計なことを言わなければ……) 昨日、自分のいる目の前で、理緒は繭香が周りからどう思われているか、亮太に喋り続けた。 そのせいで、繭香がどれほど不快な思いをしていたか。 どれほど、不安な気持ちに襲われたのかも知らずに。 図書室に入るなり、亮太は理緒に昨日のことを謝らせた。 理緒も口では謝ってくれたものの、どこまで本心かは分からない。 きっと、そこまで深刻になることではないと、どこかで高をくくっているはずだ。 黙々と課題をこなす繭香の反対側で、理緒は事あるごとに、亮太にあれこれと質問している。 やり方というよりも、答えその物を聞いているような理緒の態度に、繭香は苛立ちを隠しきれなかった。 自分は今まで、周りの期待するような自分を作ることに必死になってきた。 当然、辛い努力を続けねばならなかった事なども数多い。 それに比べ、この女はなんだろう。 自分から努力する事を放棄し、ただ亮太に頼るだけ。 その場限りの間に合わせで、全てをやりくりしようという適当な態度。 (不愉快だわ……) 見ているだけで、虫唾が走った。 亮太の言った通り、確かにこの女は、がさつで無関心だ。 その上、亮太の良心に甘え、自分で努力することさえもしていない。 今ならば、亮太が自分を図書室に同行させるのを渋ったのも、なんとなく分かるような気がする。 気がつくと、鉛筆を握っていた繭香の手は、完全に動きを止めていた。 予鈴が鳴り、次の授業の始まりを告げられたことで、繭香は初めてそのことに気づいた。 124 :迷い蛾の詩 【第四部・闇紡ぎ】 ◆AJg91T1vXs :2010/09/15(水) 13 24 49 ID u4Rt96y1 「嘘、もう時間なの!? あのバーコード、ハゲの分際で、遅刻だけはやたらと厳しいのよね!!」 遅刻を注意するのに、ハゲは関係ないだろう。 そう思った亮太だったが、あえて口にするのは止めておいた。 理緒の数学嫌いは、今に始まったことではない。 その嫌悪の矛先は、自然と担当の教師にも向けられる。 机の上に広げていた勉強道具をかき集め、理緒はそれを強引に鞄にねじ込んで席を立つ。 鞄の口から顔をのぞかせている教科書はそのままに、慌てた様子で駆け出してゆく。 「それじゃあ、俺達も、そろそろ戻ろうか。 なんだかんだで、数学の先生に睨まれるのは、俺もごめんだからね。 月野さんも、次の授業があるんだろ?」 「それなら大丈夫です。 私、次は古典なんですけど……あの先生、いつもまともに出席は取りませんから」 「そうなんだ。 でも、今日はなんだか、無理につき合ってもらったようで悪かったかな。 月野さん、あまり勉強がはかどってなかったみたいだし……」 亮太から心配そうな視線を送られて、繭香は思わず胸を抑えた。 理緒に対して不快な思いを抱いてから、彼女のノートは白紙のままだ。 まさか、そのことから、自分の黒い一面を悟られてしまったのではないか。 繭の中に隠れ潜む、醜く汚い蛹の部分を。 「そ、それは……。 実は、私も途中から、よく分からなくなってしまって……」 繭香の口から適当な嘘がこぼれ出た。 教科書に載っているようなレベルの問題など、繭香にとっては難しくもなんでもない。 これはあくまで、自分の醜い部分を隠そうとしているだけの話だ。 「なんだ、そうだったのか。 そんなことなら、直ぐにでも言ってくれればよかったのに」 何ら勘繰ることもせず、亮太は繭香に向かって言った。 その言葉を聞き、繭香はほっと胸をなでおろす。 どうやら、自分の知られたくない感情は、亮太に悟られずに済んだようである。 結局、その時は、授業に遅れるという理由で亮太と別れた。 嘘をついてしまったことに罪悪感を覚えたが、今の亮太との関係を壊したくないと考えると、致し方なかった。 ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ 125 :迷い蛾の詩 【第四部・闇紡ぎ】 ◆AJg91T1vXs :2010/09/15(水) 13 25 27 ID u4Rt96y1 六月とはいえ、下旬にもなると日は徐々に短くなる。 未だ、六時頃になっても外は明るいものの、夏至の日から比べれば確実に短くなっていることだけは確かだ。 時計の短針が進むよりも遅い、微々たる変化ではあるが。 日の落ちかけた校庭には、既に生徒の姿はない。 試験前ということで、部活動はどこも休みに入っている。 勉強や委員会の仕事で学校に残っていた者達も、今はその殆どが帰宅していた。 宵闇の迫る街中を、亮太を乗せた自転車が走る。 その後ろには、なぜか繭香も乗っている。 腰に手を回すだけではなく、繭香は顔を亮太の背につけるようにして、自分の身体を彼に預けていた。 「それにしても、随分遅くなっちゃったな。 こんなことなら、もう少し早く、今日の勉強を切り上げるんだったよ」 顔だけは前を向いたまま、亮太が後ろにいる繭香に言った。 昼休み、繭香の勉強がはかどらなかったことを知った亮太は、繭香に放課後に一緒に残って勉強しないかと提案した。 無論、繭香がそれを断るはずもなく、二人は今の今まで図書室にこもって勉強をしていたのだ。 そして、気がつけば時刻は六時を当に過ぎ、慌てて学校を出る事になったのである。 本来、繭香はバスで通学しているはずだったが、今日は亮太の自転車に乗せてもらっていた。 運悪く、否、繭香にとっては運よくと言った方が正しいのかもしれない。 彼女がバス停に着いた時は、次のバスが来るまで十五分近く待たなければいけなかった。 ただでさえ帰宅が遅れているのに、ここで待ちぼうけするのも好ましくない。 そんな亮太の判断から、繭香は再び、彼の自転車で送ってもらうことになったのである。 夕方とはいえ、六月の下旬は蒸し暑い。 それでも、亮太の背中で風を感じている繭香にとっては、今の空気は至極心地よい物に感じられた。 「ねえ、月野さん。 今日は、森桜町のバス停まで送れば大丈夫かな?」 「はい、そこで大丈夫です。 バス停から家までは、五分とかかりませんから」 「そうなんだ。 電車の駅に遠いっていうのは不便だけど……まあ、バス停が近いから、まだマシだよね」 他愛もない会話を繰り返しながら、亮太は力強くペダルを踏む。 だが、二人も乗せた自転車を操りながら、意識を他所に向けて走り続けるのは少々危険だった。 「あっ……!!」 次の瞬間、亮太は思わず声を上げてハンドルを切った。 家路に急ぐ彼の前に、路地裏から一匹の猫が飛び出したのだ。 タイミングからしてぶつからないと分かっていても、物陰から唐突に飛び出されれば、慌てない方がおかしい。 126 :迷い蛾の詩 【第四部・闇紡ぎ】 ◆AJg91T1vXs :2010/09/15(水) 13 26 12 ID u4Rt96y1 「だ、大丈夫ですか……陽神君?」 見ると、繭香が自分の顔を上からのぞきこんでいる。 自分と違い、どうやら彼女はそこまで激しく転倒したわけではないようだ。 自転車が完全に倒れる瞬間、うまく受け身を取ることが出来たのかもしれない。 「ああ、平気だよ。 それよりも、月野さんこそ怪我はない?」 「私は大丈夫です。 でも、陽神君の腕が……」 そう言って、心配そうに亮太の腕を見る繭香。 半袖のシャツからのぞいた彼の腕は、転んだ時の衝撃で大きく擦りむいていた。 「ああ、これか。 この程度なら、別に大したことないよ。 唾でもつけておけば、直ぐに治るって」 「だ、駄目です!! 傷口から変なバイキンでも入ったら、化膿しちゃいますよ!!」 「化膿って……。 家に帰って、直ぐに洗えば平気だよ」 怪我をしたとはいえ、たかが擦り傷。 高校生にもなって、この程度で大騒ぎするのも馬鹿らしい。 そう思った亮太だったが、繭香は治療をすると言って譲らなかった。 ポケットから取り出した汚れのないハンカチを手に取ると、それで亮太の腕の傷を軽く撫でる。 そして、そのまま傷口に布地を押し当てて、彼の腕から流れる血が止まるのを待った。 「とりあえず、これで血は止まりましたけど……。 まだ、どこか痛くないですか?」 「心配性だな、月野さんは。 それよりも、君のハンカチ……俺の血がついちゃったけど、よかったの?」 「気にしないでください。 こんなハンカチより、陽神君の怪我が酷くならない方が大事ですから」 繭香の顔に、久方ぶりの笑顔が戻る。 そういえば、今日は亮太と一緒にいても、心から笑顔になることは少なかったように思う。 きっと、心のどこかで、常に不安を抱えていたからなのだろう。 血の付いたハンカチを躊躇いなくしまい、亮太の自転車を起こすのを手伝う繭香。 それから先は、再び亮太の背に身を預け、バス停までの道を走った。 程なくして目的の場所につき、繭香は名残惜しそうに亮太の背中から身体を離す。 そのまま自転車から降りると、バス停の向こう側に去ってゆく亮太を見守った。 帰り道、繭香はふと、ポケットに入れていた自分のハンカチを取り出してみる。 薄い水色をした布地には、亮太の傷を拭いた跡がしっかりと残っていた。 127 :迷い蛾の詩 【第四部・闇紡ぎ】 ◆AJg91T1vXs :2010/09/15(水) 13 26 57 ID u4Rt96y1 (これ……陽神君の……) 鼓動が激しくなってゆくのが、自分でも分かった。 胸の奥から湧き上って来る何かに突き動かされるようにして、繭香はひたすらに家までの道を急いだ。 自宅の門が近づくにつれ、繭香は息が荒くなってゆくのを感じた。 全力で走っているからなのか、それとも、何か別の感情によるものなのか。 繭香自身、その答えは、どことなく気がついてはいた。 鞄から取り出した鍵で扉を開け、家に入ると同時に素早く鍵を閉める。 逸る気持ちを抑えながら脱いだ靴を揃え、そのまま二階の自室へと駆け上がった。 無駄なく整理された、自分の机。 その机と対になって置かれている椅子に腰かけると、繭香は先ほどのハンカチを取り出した。 そのまま鼻と口を覆うように、そっと布地を顔に近づける。 もとからハンカチについていた柔らかな匂いに混じって、泥と汗と、そして血の匂いがした。 一点の汚れもない、優しく包み込むようなハンカチの香り。 それを壊すようにして、布地に染みついたヒトの匂いが鼻腔を刺激する。 「んっ……はぁ……。 これが……陽神君の匂い。 あの人の……身体に流れていたものの匂い……」 一度考え出すと、もう止まらなかった。 自分の胸の奥から溢れ出て来る熱いものを抑えきれず、繭香はひたすらに、布地に残された匂いから亮太を感じた。 「陽神君……私……」 周りの期待に応えるために、常に繭の中へ閉じこもるしかなかった自分。 そんな自分に初めて向けられた、真っ直ぐな視線。 その瞳を自分だけのものにしたいというのは、果たして本当に我侭なのだろうか。 「もっと……ずっと、一緒にいたいよ……」 ハンカチを机の上に戻し、繭香は手前の引き出しをそっと開けた。 中から取り出したのは、一本のカッターナイフ。 仕込まれた刃を迫り出して、尖った切っ先を左手の薬指に突き立てた。 「――――っ!!」 瞬間、その名の通り刺すような痛みが走り、繭香は思わず眉根を寄せた しかし、この程度で怯む繭香ではない。 薬指の先端に、赤いものがぷっくりと膨らんでいるのが見える。 指先を自分の口に入れることなどせず、繭香はそれを、机の上のハンカチに押しつけた。 128 :迷い蛾の詩 【第四部・闇紡ぎ】 ◆AJg91T1vXs :2010/09/15(水) 13 27 45 ID u4Rt96y1 ハンカチに付いた亮太の血。 薬指から出た繭香の血。 その二つが布地の上で混ざり合い、赤い染みを大きく広げてゆく。 いけないことをしているのは、繭香自身も分かっていた。 自分のしている行為は、決して誰にも見られてはならないし、知られてもいけない。 学校のクラスメイトはもとより、教師も、そして両親でさえも。 そう、頭の中では分かっていても、繭香は自分の気持ちを抑えきれなかった。 陽神亮太と、もっと一緒に繋がっていたい。 彼と一緒の時を失うくらいなら、いっそのこと死んだ方がマシだ。 (陽神君の中のものが、私のものと混ざって行く……。 私の中に、陽神君が流れて一つになる……) 薬指に流れる血管は、心臓に直結していると言われている。 その指先から出る血液と、ハンカチに残る亮太の血。 二つが混ざり合うことで、少しでも自分が彼と深く繋がっていると感じられた。 誰も知らない、繭香だけの秘密。 互いの身体に流れるものを重ねることで、相手との繋がりを感じることのできる、血の儀式。 「陽神君……。 どこにも……いかないでね……」 水色の布地が、赤い鮮血で染められる。 ここまで汚れてしまえば、もう使うことはできないだろう。 だが、今の繭香にとってみれば、そんなことは些細な問題でしかなかった。 ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ 129 :迷い蛾の詩 【第四部・闇紡ぎ】 ◆AJg91T1vXs :2010/09/15(水) 13 28 20 ID u4Rt96y1 翌日も、梅雨時にしては晴れ渡った空だった。 六月も終わりに近づいてくると、晴天の日も増えてくる。 この分なら、梅雨が明けるのも時間の問題なのかもしれない。 その日から、繭香は積極的に亮太に会いに行くようになった。 狙い目は、昼休みではなく放課後だ。 試験が近いということを口実に、学校に残って一緒に勉強することができる。 放課後ならば、鬱陶しい理緒も周りにいないために好都合だった。 理緒とは違い、繭香は亮太に最初から最後まで頼りきることはない。 どちらかと言えば、自分で出来ることは自分でやりきる人間だ。 ただ、それだけに、亮太との勉強は互いの身になるものだった。 互いに分からない箇所を教え合う、自主学習としては理想の姿。 たかが試験のための勉強でも、こうして相手のためになれるのが、繭香には嬉しかった。 ほんの一時のことでしかないが、それでも繭香にとっては至福の時。 今まで色褪せていた学校生活が、急に楽しく感じられてくるから不思議なものだ。 だが、永遠というものは、決してこの世に存在はしない。 それは、人と人の関係においても同じ事。 変革のない世界など存在せず、物事は常に流動的に動いてゆく。 気まぐれに川筋を変える沢のように、時に良き流れに、時に悪しき流れに変わりながら、その流れに身を任す者達を翻弄するのだ。 清楚で清純で、穢れを知らないお嬢様。 そんな印象の強い繭香が、放課後まで学校に残り、男子生徒と一緒に勉強を続ける。 その上、帰宅まで一緒となれば、妙な噂が立たない方が不思議というものだった。 いつもであれば、決して人の集まることのない繭香の机。 そんな彼女の机の周りには、その日に限ってクラスの女子によって囲まれていた。 「ねえ、月野さん。 あなた、E組に彼氏がいるって本当なの?」 クラスメイトの一人が、繭香に聞いてきた。 詳しく答える必要はないと思った繭香は、適当な事を言ってごまかそうとする。 「べ、別に、彼氏じゃないですよ。 陽神君には、ただ、勉強を教えてもらってるだけですから……」 「へえ、勉強ねぇ……。 でも、ただ勉強を教えてもらうだけで、家まで送ってもらうものかなぁ?」 「家って……。 ど、どうして、そんなこと……」 「どうしてって……。 月野さん、本当に知らないの? あなたとE組の陽神君のこと、既にあっちこっちで噂になってるわよ」 年頃の少女が少年と二人きりで遅くまで学校に残り、しかも毎日男の自転車の後ろに乗って帰る。 これでは、二人のことが噂にならない方が不自然だ。 まあ、この程度であれば、繭香としても許容範囲ではある。 130 :迷い蛾の詩 【第四部・闇紡ぎ】 ◆AJg91T1vXs :2010/09/15(水) 13 29 12 ID u4Rt96y1 「それにしても、月野さんも意外と隅に置けないわよね」 問題なのは、今、この場で話をしているクラスメイト達だった。 こちらの気持ちなどお構いなしに、勝手な想像の下、話を膨らませてゆく。 「初心な顔して、その裏ではしっかり男を捕まえているんだもんね」 (ちがう……) 「本当、羨ましいわよね。 月野さん、可愛いから……きっと、どんな男でも引手数多なんでしょうけど」 (煩い……) 「あーあ。 私も彼氏欲しいなぁ。 どこかにいい男、転がってないかなぁ」 (転がっていないかなんて……。 私の陽神君への気持ちは、そんな軽いものじゃない……) 「ねえ、月野さん。 もしよかったら、私にも陽神君を紹介してくれない? 別に、彼氏とか、そういう関係じゃないんでしょ?」 繭香の机を囲んでいる女子生徒の一人が、少し意地の悪い笑いを浮かべて言った。 本人にしてみれば、単にからかっただけの話。 ちょっとした冗談のようなものだったのだろう。 だが、次の瞬間、教室中に乾いた音が響き渡り、その場を覆っていた空気が一瞬にして変わった。 「もう、いいかげんにしてよ!! 清純とか、清楚とか……そんなの、あなた達が勝手に思ってるだけじゃない!!」 気がつくと、繭香はクラスメイトの一人の頬に、思い切り平手打ちを食らわせていた。 「ちょっと、なにするのよ!! こっちは冗談のつもりだったのに……そんなに怒らなくてもいいでしょう!?」 頬をはたかれた生徒も、負けじと繭香に詰め寄った。 いつもなら、ここで繭香が身を引いて終わりになるはずだ。 しかし、今日に限っては、繭香も決して引き下がる姿勢を見せなかった。 「あなた達に、なにが分かるのよ!! 私は……私は……!!」 それ以上は、上手く言葉に表せなかった。 ただ、とめどなく溢れ出る感情を、抑え込む事ができないだけだ。 自分の荷物さえそのままに、繭香は教室を飛び出した。 己の行いを悔いた時は、時既に遅し。 今まで、繭によって守ってきた自分のイメージを、まさかこんな形で壊す事になろうとは。 131 :迷い蛾の詩 【第四部・闇紡ぎ】 ◆AJg91T1vXs :2010/09/15(水) 13 29 54 ID u4Rt96y1 階段を駆け上がり、繭香は屋上へと続く扉を開け放った。 立入禁止の校則など関係ない。 そのまま外へ飛び出すと、しがみつくようにして緑色のフェンスに指を絡めた。 (どうしよう……どうしよう……どうしよう……どうしよう……どうしよう……) 今まで、自分の心の奥に隠していた、醜い蛹の一面。 それを表に出してしまったことが、亮太に知られたらどうなるか。 答えなど、誰かに聞くまでもないだろう。 今度こそ、自分は亮太に嫌われてしまう。 そう思うと、もうなにも考えることができなかった。 五限の始まりを告げる予鈴が、校舎の中に響き渡る。 しかし、その音を聞いてもなお、繭香は教室に戻る気配を見せようとはしない。 屋上の隅で丸くなり、亮太に嫌われる恐怖に怯え、ひたすらに泣いた。 一時間、そして二時間と過ぎ、やがて六限の終わりを告げるチャイムが鳴り響く。 それを耳にした時、繭香はようやく腰を上げ、屋上から下の階へと続く階段を下りだした。 亮太の事を勘繰られ、思わず感情的になってしまった自分。 その上、今日は授業もサボってしまった。 どうか、この事が亮太の耳に入っていませんように。 今はただ、そう願う以外に方法はない。 長い廊下を抜け、繭香はE組の教室に向かう。 いつも、放課後に会う約束をしている以上、亮太に会わないわけにはいかなかった。 その日の授業を終え、帰宅を始めた生徒たちとすれ違いながら、繭香はE組の教室まで辿り着いた。 が、教室の中を除いたところで、思わず扉の向こうに身を隠してしまう。 E組の教室には、確かに亮太の姿があった。 いつもであれば、直ぐにでも声をかける繭香だが、それはできそうにもない。 なぜなら、彼の横には、あの天崎理緒の姿もあったのだから。 こちらの気持ちなどお構いなしに、亮太の前で要らぬことをベラベラと喋った女。 亮太の迷惑も顧みず、勉強の事は彼に頼り切っている女。 繭香にとって、理緒はそんな印象しかない嫌な女だ。 そして、それは今も変わらない。 「ねえ、亮太。 今日、C組で起きた喧嘩の話、聞いた?」 相変わらず、理緒は亮太に下らない噂話を吹き込んでいるようだ。 聞き流してしまおうと思った繭香ではあったが、それでも何故か、今日に限って理緒の話が気になった。 教室と廊下を隔てるドア越しに、繭香はそっと聞き耳を立てる。 もっとも、理緒の地声はかなり大きく、そこまで近づかなくとも十分に繭香のところまで聞こえていたのだが。 132 :迷い蛾の詩 【第四部・闇紡ぎ】 ◆AJg91T1vXs :2010/09/15(水) 13 30 30 ID u4Rt96y1 「今日の昼休みにあったことなんだけどさ。 月野さんが、朝子のことを引っ叩いたんだって」 「月野さんが? それって、彼女がそこまで怒るようなことを、誰かが言ったんじゃないの?」 「いや、それが全然なのよね。 朝子も軽い冗談を言っただけみたいだったし……。 私も、初めて聞いた時は、びっくりしたけどね」 「冗談、か……。 でも、人によっては、言われたくないことだってあると思うし……」 「そうは言っても、いきなり平手打ちってのはないわよ。 まあ、大人しい顔している人間ほど、怒らせると怖いって聞くけどさ」 そこまで言った時、扉の揺れる音がして、亮太と理緒は音のした方へと振り向いた。 開け放たれた扉の向こう側。 放課後の廊下に佇む少女の姿を見て、二人は何も言えずに言葉を失う。 「つ、月野さん……」 理緒の口から出たのは、それだけだった。 噂話を噂の当人に聞かれてしまったという気まずさもあるが、それ以上に、目の前に佇む繭香の視線が怖かった。 どんよりと、光を失って淀んだ瞳。 絶望という名の言葉に支配され、その背中には、灰色に濁った重たい空気を背負っている。 それは、まるで今まで晴天だった空を、一瞬にして曇天に変えてしまえるかのような力さえ持っているかのように錯覚させた。 このままでは、自分も平手打ちを食らわされる。 そう思って身構えた理緒だったが、彼女の予想に反し、繭香は教室に入っては来なかった。 繭香の濁った瞳から、一滴の涙が頬を伝って流れる。 喚くこともせず、叫ぶこともせず、繭香はそのまま二人に背を向けると、脱兎の如く教室の前から走り去った。 「月野さん!!」 繭香が走りだすと同時に、亮太の足も教室のタイルを蹴った。 後ろで理緒が何か言っていたような気もするが、今の亮太には聞こえない。 階段を駆け下りる繭香の後を追い、放課後の校舎を亮太は駆けた。 放課後の階段を、何かから逃げるようにして繭香が走る。 途中、すれ違う生徒達の視線を感じたが、今の繭香にとっては些細なことだ。 廊下の反対側から歩いて来る生徒にぶつかりそうになり、繭香はそれを払いのけるようにして走って行く。 後ろから、何やら悪態が聞こえたが、そんなことはどうでもよい。 一階の廊下を駆け抜け、下駄箱の前まで辿り着く。 靴を履き変えようとしたその時、繭香の腕を誰かが掴んだ。 133 :迷い蛾の詩 【第四部・闇紡ぎ】 ◆AJg91T1vXs :2010/09/15(水) 13 31 53 ID u4Rt96y1 「おい、ちょっと待てよ」 声の主は亮太だった。 あれから直ぐ、繭香のことを追ってきたらしい。 「は、離して下さい!! 私は……」 亮太の手を振りほどこうと、繭香は懸命に腕を振った。 しかし、亮太もまた引く事なく、繭香の肩を掴んで振り向かせる。 「いいから、ちょっと落ち着きなよ。 君と友達の間で何があったか知らないけど……いきなり逃げることはないだろ?」 「でも……天崎さんの言っていたこと、本当です。 私……クラスの子に冷やかされて、頭にきて……」 「だったら、尚更逃げたりしちゃ駄目だよ。 確かに、いきなり手を出したのは良くないと思うけど……月野さんにだって、理由があったんでしょ?」 亮太は腰を落とし、繭香と同じ目線に立って言った。 一瞬、二人の視線が重なったが、繭香は直ぐに視線をそらす。 胸の前で拳を握りしめたまま、側にいる亮太にしか聞こえないくらいの声で尋ねた。 「陽神君は……私のこと、怒らないんですか?」 「怒るも怒らないも……まだ、理由も何も聞いてないからね。 一方的な噂話だけで人の中身を決めつけるなんての、俺、好きじゃないからさ」 「ひ、陽神君……」 それ以上は、言葉が出なかった。 ただ、亮太の優しさに触れたくて、それだけで涙が溢れてきた。 いつしか繭香は亮太の胸に、その顔を埋めて泣いていた。 亮太はそんな繭香の肩をそっと抱くと、そのまま彼女に寄り添うようにして、下駄箱の前を後にした。 通用口の付近は、生徒の出入りが激しい。 あんな場所で泣いていては、いつ、誰に見つかり、何を言われるかも分からない。 亮太が繭香を連れてきたのは、以前、二人で昼食を食べた休憩室だった。 ただでさえ活用する生徒が少ない上に、今は食事時でもない。 幸いにして、休憩室には他の生徒の姿はなかった。 「そろそろ、落ち着いて話せるかな?」 繭香がひとしきり泣いた後、亮太はそう言って彼女の顔を覗き込んだ。 その言葉に、繭香はただ、何も言わずに頷いて答える。 「それじゃあ、話せるところだけでいいから、話してくれないかな。 あのまま逃げられたんじゃ、俺としても、なんだか気分が晴れないからさ」 「はい……。 でも、私が話すことなんて、殆どないですよ。 天崎さんが言っていたこと、全部本当ですし……」 「理緒が何を言っていたかなんて、そんなのは関係ないよ。 それに、月野さんにだって、理由があったんでしょ? 俺が聞きたいのは、そこだけかな」 134 :迷い蛾の詩 【第四部・闇紡ぎ】 ◆AJg91T1vXs :2010/09/15(水) 13 33 16 ID u4Rt96y1 怒ることも、恐れることもしない。 そんな亮太の態度に押され、繭香も少しずつ、今日の昼休みにあったことを語りだした。 自分の知らないところで、亮太と妙な噂になっていたこと。 それが原因で、クラスの女の子に冷やかされたこと。 最後には、性質の悪い冗談を言われ、とうとう頭にきて逆上してしまったこと。 繭香が全てを話し終えるまで、亮太はただ、彼女の話を黙って聞いていた。 「なるほど。 そんなことがあったんだね」 繭香の話を全て聞いても、亮太はその態度を変えることはなかった。 あくまでいつも通り、何の差別も偏見もない瞳で繭香を見つめてくる。 「陽神君は……私の事を、酷い人とは思わないんですか?」 「酷いなんて……そんなことはないよ。 そりゃ、叩いた相手には、後で謝らなきゃならないだろうけどさ。 でも、俺は月野さんが、全部悪いとは思わない」 一瞬、亮太の言っていることが、繭香には分からなかった。 他人の期待を裏切る事は、それそのものが罪である。 そう信じて生きてきた繭香にとって、今日の昼休みの出来事は、一方的に糾弾されてもおかしくないはずだった。 そして、自分の醜い一面を知った亮太もまた、自分の事を拒絶するとばかり思っていた。 そんな繭香を他所に、亮太は独り話を続ける。 繭香の問いに答えるというよりは、自分の考えをひたすらに述べているような話し方だった。 「前、言ったことあるよね。 人によっては、言われたくない事もあるって話」 「あ……」 「それに、噂とか家とか関係なく、月野さんは月野さんだって話もね。 だから、俺は何にも気にしてないよ」 あくまで優しく、いつもと変わらない口調で、亮太は繭香に向かって言った。 その言葉に、繭香は再び亮太の胸に顔を埋めて泣いた。 もっとも、今度は悲しくて泣いたわけではない。 亮太の気持ちに触れ、嬉しかったからこそ流した涙だ。 「あ、ごめん……。 俺、もしかして、変なこと言ったかな」 「いえ……そんなこと、ないです……。 ただ……陽神君に嫌われなくて、よかったと……」 「おいおい、大げさだな。 人には色々と事情もあるんだし、こんなことで、簡単に好いたり嫌ったりなんてしないよ」 亮太にとっては、繭香を落ち着かせるために口にしただけの一言。 無論、本心からそう思っていたのには間違いないが、そこまで重たい意味を込めたものではない。 ただ、率直に、自分の考えを述べただけだ。 135 :迷い蛾の詩 【第四部・闇紡ぎ】 ◆AJg91T1vXs :2010/09/15(水) 13 34 01 ID u4Rt96y1 ところが、繭香にとってその言葉は、暗闇に落ちかけた自分に向けられた一筋の光明のように感じられた。 亮太は、自分のことを嫌っているわけではない。 その事実が、彼女の中で今まで躊躇っていたものを押し上げる源となる。 心の枷の一部を外し、亮太との距離を縮めるための一言を告げる。 「あの……。 今日は、もう一つだけ、我侭を聞いてもらってもいいですか?」 「我侭? まあ、ものによるかなぁ……」 「私……陽神君のこと……名前で呼んでもいいですか?」 言った。 あの日、バス停で知り合ってから、初めて繭香の方から亮太に何かを頼んだ。 傍から見れば、下らないこと。 大した決意もなく、簡単に言えることかもしれない。 それでも、繭香にとっては大切な一言だった。 「なんだ、そんなこと。 別に、俺の方は構わないよ。 ただ……」 繭香の言葉に軽く頷きつつも、亮太は最後に言葉を濁らせた。 「それにはちょっと条件があるかな」 「条件、ですか?」 「そうだよ。 俺のことを名前で呼ぶなら、俺と話すときは、敬語を使わないこと。 それと、俺も月野さんのことを名前で呼ぶけど、構わない?」 「は、はい!! 勿論、大丈夫です!!」 それは、繭香にとって願ってもないことだった。 嬉しさのあまり、いつも以上に即答する繭香。 が、額を亮太に小突かれたところで、早くも自分が先の約束を守れなかったということに気がついた。 「あっ……訂正するね。 勿論、大丈夫だよ」 「なんだ、ちゃんと普通に喋れるじゃん。 だったら、今度からは、そんなに固くならないで欲しいかな」 休憩室の椅子から立ち上がり、亮太は繭香に微笑んだ。 繭香もそれに、笑顔で答える。 今しがた泣き腫らしていたにも関わらず、彼女の瞳には、既に涙の色は浮かんでいなかった。
https://w.atwiki.jp/i_am_a_yandere/pages/1965.html
145 :リバース ◆Uw02HM2doE :2010/11/17(水) 00 39 12 ID 62RE9K3N 翌日の放課後。俺は職員室に呼び出されていた。呼び出したのは担任の黒川先生だ。 「まあ座ってくれ。悪いな、急に呼び出して」 「……俺、何かしましたっけ?」 先週提出締め切りの科学のレポートはちゃんと出したはず。 確かに多少ネットから切り貼りしたが、大半は自分でやった。まさかやり直しなのかと思わず身構える。 「そう身構えるな。別に怒るために白川を呼び出した訳じゃない」 「あ、そうなんですか……」 「まあレポートの切り貼り部分についてはまた今度たっぷりと搾るけどな」 「ぐっ!?」 やっぱりばれてたのか。でも用件はそれではないらしい。 「……話は兄貴から聞いた。大和の方はもうすぐ退院するそうだし、美空の方は会社が隠すから誰かに伝わる心配はないだろう」 「えっと……あ、先生の兄貴って……あの医者」 「ああ。私もこないだ聞かされた時には驚いたよ。まさかいつも愚痴って……いや、心配していた生徒が兄貴の患者だったんだからな」 一瞬本音が出かけていたが気にしないことにした。そういえばこないだあの医者、黒川さんがそんなこと言っていたな。 じゃあ先生も一部始終を知っているのか。……勿論俺のしたことも、だろう。 「白川、お前は大丈夫なのか?」 「俺は……大丈夫です」 大丈夫……一体何に対しての質問なのだろうか。いずれにしろ大丈夫だと思わなければやっていけない気がした。 「……記憶喪失になっても白川は白川だ。誰が何と言おうとお前は私の知っている生意気な白川要だよ」 「……はい」 先生も何だかんだで心配してくれていたらしい。一人ぼっちだと思っていたが、意外と自分が思っているより世界は優しかった。 「お前には信じてくれる仲間がいるはずだ。大事にするんだぞ、そういうのは」 「……はい!」 「良い返事だ。呼び出してすまなかったな。もう良いぞ」 先生は微笑みながら俺の背中を叩いた。初めて見る先生の笑顔はどこかぎこちなかったけれど、とても心が暖かくなった。 「失礼しました」 先生に一礼して職員室を出る。……色んな人に支えられていたんだな、俺。 「要、お疲れ様」 振り向くと遥が壁に寄り掛かっていた。こんな所で何をしていたのだろうか。 「おう。職員室に用事か?」 「ううん、偶然要が入って行くの見たから……その……待ってようかなって」 「そ、そっか」 顔を赤らめながら上目遣いで話す遥。思わず昨日のことを思い出してしまう。 遥の唇、柔らかかった……って落ち着け俺。心なしか自分の顔も赤くなっている気がしてならない。 「あ、あのね……もし良かったら……映画行かない?」 「映画……?」 「う、うん。気晴らしになるかなって……要が暇だったら、だけど」 心臓が高鳴っているのが自分でもよく分かる。緊張しているんだ、俺。 「行く。いや、行かせて下さい」 「じゃあ早く行こう?」 途端に笑顔で俺の右腕を掴んで歩き出す遥。彼女の動きに合わせて揺れる綺麗な白髪につい目を奪われてしまう。 それくらい遥のことを急激に意識している自分がいた。 146 :リバース ◆Uw02HM2doE :2010/11/17(水) 00 40 37 ID 62RE9K3N 駅前の映画館から出て来た時には既に辺りは真っ暗になっていた。もう12月の初めということもあって駅の中心部には大きなツリーが設置されていた。 「……物凄い映画だった」 「ああ。てっきり純愛物だと思ったのにな」 俺達は歩きながら先日公開してブームを巻き起こしている映画、『先輩(僕)は後輩に恋される』について話していた。 タイトルだけ見ると純愛物に見えるのだが中身はホラーサスペンスラブロマンス……。 要するに後輩であるヒロインの愛が恐すぎる、という一言に尽きる。 「でも後輩役の女優さん、凄く可愛かった」 「確か今話題のモデルだよな?えっと……神谷何とかって言ってたような」 映画の話をしながらも内心は心臓バクバクな状態だ。話題の映画、しかも純愛風ということもあって周りはほとんどカップルだった。 そのせいか隣にいる遥を妙に意識してしまったのだ。 「神谷……美香だった気がする」 「そ、そうだっけ」 話しながら横目で遥を見る。今までよく見ていなかったが普通に可愛い。 ぱっちりとした目鼻立ちに小さな唇。そして遥だからこそ似合う真っ白で肩まである髪。 どう見たってトップクラスの可愛さだ。意識しなかったことが奇跡としか思えない。 「今日はありがとう。付き合ってくれて」 「い、いや……俺の方こそありがとな」 気が付けば遥は帰ろうとしていた。そういえば今日は夜からバイトって言っていたな。 「じゃあわたしは――」 「バイトって何時から!?」 無意識だった。つい叫んだ自分がいた。このまま帰したくないと素直にそう思った。 遥はいきなり出された大声に目を丸くしている。 「え、えっと……8時からだけど……」 時計を見る。まだ6時前だった。 「だ、だったらちょっとお茶しないか。"向日葵"のコーヒー、久しぶり飲みたくってさ」 言った瞬間顔が真っ赤になっているのが自分でも分かった。何だよこれ。めっちゃ格好悪いじゃん。 「……いいよ」 「ほ、本当か!?……あっ」 遥を見るとまた恥ずかしさが振り返してくる。そんな俺を見て遥もまた顔を赤らめていた。 喫茶店"向日葵"は何時にもなく混んでいた。何とか二人席に通して貰い一息つく。 「今日は何か混んでるな……」 「いつもと正反対」 とりあえずいつものコーヒーを二人分注文する。店内は人の多さはあるものの、コーヒーが醸し出すゆったりとした雰囲気をちゃんと保っていた。 「これだけ人がいるとマスター大変だろうな」 「ずっと暇って愚痴ってたからちょうど良い」 「ははっ、違いない」 遥と二人きりで話すのは久しぶりだが凄く落ち着く。変に気を遣わなくて良いし自然と話せる自分がいた。 もしかしたら学校で疎遠にされている分、そう感じるのかもしれない。しばらくして来たコーヒーを飲む。いつもと同じ、変わらない味だった。 「さすがに忙しくてもこの味だけは変わらないな」 「変わらないことは難しい。でもその分変わらなければ覚えていてくれるから、だから変わらないことは良いことだと思う」 「……遥はさ、何で要組に入ったんだ?」 遥とじっくり話してやっと分かった。彼女は口数こそ少ないが自分をしっかりと持っている人だ。 そんな遥が要組を依り処にした理由が聞きたかった。優のように弱さを隠す為なのだろうか。それとも別の理由なのだろうか。 「……それは要が思い出して。じゃないと意味無いから」 「……そりゃそうか」 「ただ、一つ言えるのはね……その……」 急に言葉を詰まらせる遥。何か言いにくいことを言おうとしているような気がした。 「……遥?」 「か、要だよ!……要がいなかったら……わたし……きっと入らなかったから」 最後の方は今にも消え入りそうな声だったが辛うじて聞き取れた。顔を真っ赤にして俯く遥を見て同じくらい自分も赤いような気がした。 「そ、そっか……」 「う、うん……」 恥ずかし過ぎて遥をちゃんと見られない。どうしちゃったんだ俺。いくらなんでも意識し過ぎだろ。そう思っても中々心臓の鼓動は収まらなかった。 147 :リバース ◆Uw02HM2doE :2010/11/17(水) 00 41 45 ID 62RE9K3N 「じゃあ……バイト、行くね」 「おう。引き止めたりして悪かったな」 結局あの後会話は続かず二人で黙ってコーヒーを味わった。不思議とそれもそれで落ち着けて悪くなかったのだが。 「ううん。……嬉しかったから」 遥は今まで見せたことのない柔らかい笑みを浮かべた。とても魅力的で他の誰かに見られなくない、そんな笑顔だった。 「遥……ありがとな」 「……要はやっぱり変わらない。ずっとわたしを照らしてくれる。だから……好きだよ」 「……えっ?」 俺が言葉の意味に気が付く頃には遥はもう走り去っていた。それでも遥の小さな背中を見つめてしまう。 「……好き、か」 すっかり冬になった星空を見上げながら俺は一人思う。遥の"好き"と俺の"好き"は同じ意味なのか、と。 自分が虐められることには慣れていた。思えば小学生くらいには既に潤と一緒に虐められていたし、そのせいか耐える術も身につけた。 ただ人が虐められているのを見過ごせなくなってもいた。分かってしまうのだ。その人の苦しみや悲しみが。 何より当時の、虐められていた時の自分はひたすらに"誰でも良いから助けて!"と願っていたから。 「……助けて、なんて言ってない」 「気にすんな。俺が勝手に割り込んだだけだから」 だからこの時、遥を虐めから助けた時も特に他意はなかった。ただ誰かが虐められている現場を見たくはない、それだけの気持ちだったんだ。 「余計な……お世話」 「分かってる」 「分かってない!気まぐれで助けられても迷惑なだけ!」 遥の家は貧乏だった。後で聞いた話だが父親は既に他界していて、母親も働いてはいるが病気がちで思うように働けないのだそうだ。 遥も生れつき喘息持ちで抑制する薬の影響で髪が白くなってしまっていた。それらが女子の間で噂となり、世渡りがあまり上手くない遥は虐めの対象になっていた。 「……俺は春日井の髪、真っ白で綺麗だと思うけど」 「う、煩い!お前なんかに何が分かる!?どうせ虐められたことなんて――」 「あるよ。少なくとも今の春日井よりはね」 母親が死んで叔父さんと叔母さんに引き取られて桜ヶ崎に来るまではずっと虐められていた。 別に彼女に同情しているわけじゃない。だけど彼女が虐められていた時、自然と身体が動いていた。 「わ、わたしは誰も信じない!独りで生きて行くって……決めたんだから」 「……もし独りが嫌になったら生徒会室に来てくれ。待ってるからさ」 春日井は俯いていた。俺に出来るのはここまでだ。後は彼女が決めること。 大丈夫。誰だって独りでなんか生きては行けない。だからきっと春日井は来てくれる。そう信じて俺はその場を後にした。 148 :リバース ◆Uw02HM2doE :2010/11/17(水) 00 43 32 ID 62RE9K3N 「要、起きなよ」 「……英か」 今のは夢、というか忘れていた記憶か。周りを見渡すと既に教室には人があまりいなかった。 どうやら爆睡していたらしく5時間目を軽くすっ飛ばして放課後になっていたようだ。 「よく寝てたな要。夜中に一体何やってたんだこのエロチック小僧!」 亮介がこっちに近付いて来る。クラス中に避けられている為か誰も起こしてくれなかったらしい。 「うるせぇ亮介。英、起こしてくれてありがとな」 「最近色々あって要も疲れているんじゃないかな?今日はもう早く帰った方が良いよ」 「そうだな……」 遥は今日すぐに駅前のレンタルビデオ屋でバイトらしい。 「……行ってみるかな」 「ん?どうした要」 「何でもねぇよ」 亮介に言ったら面倒臭いことになりそうだし黙って行くか。 「まあその前にいつもの一杯なわけですが」 駅前喫茶店"向日葵"は昨日の満席状態とは打って変わってガラガラだった。まあこの方が俺は好きなんだけどさ。 「マスターいつものね」 「はいよ」 奥から二番目、ここがよく要組で集まっていた場所と昨日遥が言っていた。 座ってみるとやはり落ち着く。マスター渾身のコーヒーを飲みながら物思いにふけてみる。 「……春日井遥、か」 ここ2、3日で遥との距離が一気に縮んだ気がする。むしろ俺が積極的に絡んでいるのかもしれないな。 遥のあの穏やかな笑顔が頭から離れない。もしかしたら俺は遥のことが―― 「あ、先約か」 「えっ?」 声がしたので咄嗟にそちらに顔を向けるとそこにはサングラスを掛けた赤髪の美少女がいた。 ……何処かで見たような―― 「あっ!?昨日見た映画の――」 「声がでかい!」 「ぐはっ!?」 一瞬で腹部に蹴りを入れられる。なんつーキレのある蹴りなんだ。 つーかこの声……やはり昨日見た映画に出ていたモデルさんだ。確か名前は……。 「か、神谷美香(カミヤミカ)……?」 「あーあ、ここならばれないと思ったのにな」 サングラスを取る赤髪の女性。目の前にいる彼女は紛れも無く昨日スクリーンの向こうで見ていた神谷美香だった。 149 :リバース ◆Uw02HM2doE :2010/11/17(水) 00 44 23 ID 62RE9K3N 「へぇ、じゃあ白川君はまだ高校生なんだ。若いなぁ……」 「神谷さんこそ19歳には見えませんよ」 「ああ!?喧嘩売ってんのか!?」 「いや、褒め言葉ですから」 人は見かけで判断できないというが神谷さんはまさにそれだった。 明らかに高校生にしかみえない容姿(ここでは褒め言葉とする)に、可愛らしい雰囲気とは裏腹に豪快で何と言うか……男気溢れるといった感じだ。 「しかし懐かしいなぁ。この街も半年ぶりだし」 「今はモデルのお仕事をされているんですよね」 「…………」 「……ん?どうかしましたか」 気が付くと神谷さんが俺の顔をじっと見つめていた。 「……ううん。ただ白川君がわたしの好きな人に、ちょっと似てたからさ」 「好きな人……ですか」 「ほんのちょっとだけだけどね」 神谷さんは少し寂しそうに笑った。一体彼女が好きな人とはどんな人何だろうか。 「しかし君とは何か気が合うね。たまたま仕事ついでに寄ったけど、君に会えて良かったよ」 「俺もモデルさんと会えるなんて思わなかったんで嬉しいです」 「……可愛いな、コイツ!」 「か、神谷さん!?」 神谷さんが近寄ってきて頭を撫でられた。何だか恥ずかしいが神谷さんは気分良さそうに俺を撫で続けている。 「いやぁ久しぶりに癒された。あ、折角だから連絡先交換しよっか」 「良いんですか?モデルさんなら事務所とか……」 「良いの良いの!どうせわたしがいないと困るのあいつらだし」 何と言う暴君。赤外線を使って連絡先を交換する。まさかこんなところで人気モデルと連絡先を交換するなんて夢にも思わなかった。 「ありがと。……今時誕生日と名前なんて古風だね。しかもピリオド二つか」 「いや、あんまり良いのが思い付かなくて……二つ?誕生日と名前の間に一つだけですけど…」 新しく携帯を買った時に潤と一緒にアドレスを考えたが、分かりやすいようにピリオドは間に一つだけにしたのだが。 「でもほら、二つあるよ?」 「……あれ?可笑しいな……勘違い…か」 何かが腑に落ちない。何だこの感じ。何かとてつもなく大事なことを見逃しているような―― 「……白川君、大丈夫?わたしそろそろ行くけど」 「あ、ああすいません。俺も一緒に出ます」 結局何が原因かは分からず仕舞いで喫茶店を出て神谷さんと別れた。 「……今日は帰るか」 本当は遥に会いに行くはずだったのだがアドレスの件が妙に頭の隅に残っている。 「……また明日、だな」 俺はそのまま家に帰ることにした。 「神谷さん!また貴女勝手に抜け出して!自分の立場分かってるの!?」 「休憩時間中に何処行こうとわたしの勝手でしょ」 スタジオに戻ると案の定マネージャーが烈火の如く怒っていた。 「貴女ねぇ!売れっ子モデルっていう自覚あるの!?変なファンが何するか分からないんだからね!?」 「自分の身くらい自分で守れるから。……どっかの極悪メイド以外ならね」 このマネージャーで5人目。皆わたしの身勝手さに疲れて辞めて行った。別にそんなに嫌がらせしてるつもりはないのだが……。 「……新しいマネージャー募集しようかな」 何故か白川君の顔が思い浮かぶ。あの人に、先輩にどことなく似ている彼の顔が。 「……変なの」 「神谷さん聞いてる!?」 「はいはい、気をつけますよ。早く続きやっちゃいましょ」 先輩を待ち続ける気持ちに変わりはないのだけれど、ちょっと白川君が気になった。 150 :リバース ◆Uw02HM2doE :2010/11/17(水) 00 45 19 ID 62RE9K3N 久しぶりに部屋で勉強をする。気が付けばもう12月。冬休み前の期末テストまで後一週間を切っていた。 「微分が……?つまりこの場合Xは0にな――」 『だから……好きだよ』 「……ちょっと休憩」 シャーペンを放り投げてベッドに横になる。 遥のことが気になってしまい、実際勉強どころではなかった。やはり今日バイト先に行くべきだったのか。 「好き……かぁ」 遥の気持ちはすごく嬉しいし俺も遥のことは好きだ。でも果たして俺の"好き"はどういった種類の好きなんだろうか。 自分でもよく分からない。仲間として好きなのは確かなのだけれど……。 「わっかんねぇ……」 「……兄さん?ちょっと良いかな」 そんな時、ドアがノックされた。どうやら潤がいるらしい。 「どうぞ」 「お邪魔します。兄さん、実は話があるんだけど……」 「話って……どうした?」 潤はいつにもなく神妙な顔つきをしていた。思わずベッドから起き上がる。潤は俺の隣に腰を降ろしたまましばらく黙っていた。 「……潤?」 「……あ、あのね兄さん。落ち着いて聞いて欲しいんだけど」 「……何だ?」 「もしかしたら……兄さんは罠にかけられたかもしれない」 潤が真剣な表情で言うのでとりあえず聞くことにした。 「罠……?」 「兄さんのアドレス、最近ちゃんと確認した?」 「……やっぱりか」 先程気になっていたこと。まさか潤に言われるとは思っていなかった。 「うん。明らかにピリオドが一つ多い、でしょ?」 「俺も今日気付いた。でもこれが何だって――」 潤は無言で自分の携帯を見せてきた。表示されているのは俺のアドレスだ。 「……あれ?」 「ね?私の携帯にはちゃんとピリオド一つだけで登録してあるの。可笑しいと思わない?」 確かに。何故俺と潤の携帯に登録してあるアドレスが違うのだろう。 「でも確かこの前の写メは時間かかったけどちゃんと俺に届いたよな」 「そう。"時間かかって"ね……。つまりいるんだよ」 「いるって……どういうことだよ?」 何かとてつもなく嫌な予感が、聞いてはいけない何かがある気がする。 「兄さんのアドレスを使ってメールを経由する誰かさんが、ね」 「……えっ」 潤は冷たく微笑んでいた。まるでその誰かさんが分かっているかのような、そんな笑みだった。
https://w.atwiki.jp/i_am_a_yandere/pages/1515.html
477 :6~風見乃音の5月1日~その1:2010/03/18(木) 23 54 25 ID y5mr/T4y ついに今日がやってきた。 今日こそ愛しの吉川君……いえ、翔君を手に入れなければ。 問題は誰にも怪しまれないで吉川君を捕まえなければいけないということ。 誰かに怪しまれて警察を呼ばれたら最後、私の計画は台無しになってしまう。 それどころか、警察につかまって翔君に会えなくなってしまう。 それだけは避けなければいけない。 そのために吉川君を遊びに連れだしたんだし。 このまま、暗くなってから一緒に帰ってもらってその途中で我が家に拉致してしまえば……。 でも、どうやって送っていってもらえばいいんだろう? 幸い、私の家と吉川君の家は近くにあるから送ってもらえないことはないだろうけど。 直接言ってみようかな? でも今、翔君には華岸さんがべったりくっついてるし……。 「うわ、怖いな……。知ってるか?昨日通り魔事件が起こってたらしいぞ?スタンガンで気絶させた後にめった刺しだってさ。」 携帯のニュースフラッシュを見ながら、翔君がみんなに言う。 「俺もそれ昨日のニュースで見たぞ。」 「俺も見た。てか今更だな。」 「私もみたよ。この近くっていうかこの市だよね。」 私は知らなかった。 やはり、神様が私に味方しているのかも知れない。 これで格好の口実ができた。 「もしよかったら……」 「じゃあ私は吉川に送っていってもらおうかな。襲われたら危ないし。」 「おう、構わんぞ。俺がついてれば体重80キロまでの奴なら倒せる。でもそれ以上ならお前を餌にして逃げる。」 「何それ?!ひどっ!」 私が翔君を誘おうとすると、華岸さんに遮られてしまった。 多分わざとじゃないだろうけど……ひどい。 これで通り魔を装って気絶させた後に、私の家に運んで行くしかなくなった。 「じゃあ、風見さんは俺が送って行くよ!」 「いや、ここは俺が!」 「私は一人で帰れるから大丈夫です。みんなも気をつけて帰ってくださいね。」 何人かが送ると申し出てくれたが、丁重にお断りする。 ここで誰かに送られてしまったら、翔君を尾行して捕まえることができなくなってしまう。 478 :6~風見乃音の5月1日~その2:2010/03/18(木) 23 55 29 ID y5mr/T4y 「じゃあここで解散にしようよ。」 「OK。また今度な~。」 「みんなお疲れ~。」 「では失礼しますね。」 みんな思い思いの挨拶をして帰っていく。 華岸さんと翔君のエアホッケーの試合が終わった後、昼食をとったり、他のゲームをしたり、カラオケに行ったりしていたので、もう外は暗い。 駅前からはなれるほど街灯が少なくなって真っ暗になるので、翔君を捕まえるのはおあつらえ向きだ。 とりあえず、私は帰ると見せかけて近くの物陰に隠れ、二人を観察する。 華岸さん……最近、翔君に積極的にアプローチしているように思える。 聞いた話だが、二人はどうやら幼馴染らしい。 きっと彼女は私の知らない翔君をたくさん知っているに違いない。 他のひとならまだしも彼女と翔君をとり合うことになれば、間違いなく負けてしまうだろう。 だから、今回の計画を練った。 こうでもしなければ、きっと翔君は私には振り向いてくれない。 だから、仕方ないんだ……。 「さっきの罰ゲーム何にしようかな~。来週の朝礼の時に全校生徒の前で踊ってもらおっか?キューティーハニーをフルコーラスでもいいけど。」 「いやいやいやいや、勘弁してください。」 「あ、踊りなら沖縄の踊りね。ちゃんと練習してくるように。」 「なんなのそのチョイス?!俺をそんなに登校拒否にさせたいの?!」 「じゃあ、譲歩してあげるわよ。全校生徒の前で阿波踊りでいいわ。」 「どこに譲歩があったのかな?!一番危険な全校生徒の前でっていうのがまんま残ってるよね?!」 「じゃあクラスメイト全員の前で私に告白してみる?後から嘘でしたって言ってもいから。」 「ファンクラブの奴に殺されます。そんなに俺に死んでほしいんですか?!」 楽しそうに話しながら歩いている。 うらやましいです。 でももうすぐ私も翔君と二人っきりに……。 479 :6~風見乃音の5月1日~その3:2010/03/18(木) 23 56 35 ID y5mr/T4y 「じゃあここまででいいわ。送ってくれてありがとね。」 「ああ、お前を送るのが罰ゲームみたいなもんだったから、罰ゲームをなしにしてくれると嬉しい。俺的には。」 「……本当に躍らせるわよ。」 「マジすいませんでした。調子こきました。」 翔君が華岸さんへと頭を下げる。 華岸さんはそれをみると家の中へとはいって行った。 「ふう、疲れた~。」 翔君が自分の家へと歩き出す。 そしてそれはその途中にある、私の家へと近づいているわけでもある。 ……よし、もうすぐ私の家の近くだ。 家に一番近いところで襲えば人に見つかるリスクは少ない。 念のため用意しておいたタオルで顔を隠し、スタンガンを片手に持って準備する。 もうすぐ翔君は私の物に……。 ……よし、次の交差点を超えたところの一本道で襲いかかろう。 翔君の後ろを歩く私の中に緊張が走る。 あと少しあと少し……。 今だ! 出来るだけ足音をさせないようにして翔君へと走る。 そして……。 えいっ! 心の中で声を出す。 失敗した時のために正体を知られるわけにはいかないから。 「おっと……甘いな。」 「っっ!!」 しまった……。 かわされてしまった。 「人を後ろから襲うとは卑怯にも程がある。まだ普通に喧嘩を売ってくる不良の方がましだ。」 どうしよう……逃げてもたぶんすぐに追いつかれる。 こうなったらなんとか気絶させるしかない。 「まあ、剣道と合気道と捕縛術を極めた俺をターゲットにしたのが運のつきだな。大人しくつかまってもらうぞ。」 それは嘘だ。 合気道と捕縛術は本でちょっと読んで習得しただけって言ってた。 剣道は本当に二段を持ってるらしいけど。 480 :6~風見乃音の5月1日~その4:2010/03/18(木) 23 57 57 ID y5mr/T4y 翔君が一歩一歩と間合いを詰めてくる。 詰め切られる前にしかけないと! スタンガンを両手で構え、一気に突っ込む。 しかし、またしても翔君の体には当たらない。 両手の手首を下からはじかれ、左手がスタンガンから離れてしまう。 そしてスタンガンを持った右手と胸倉をつかまれ、背中で抱えて投げ飛ばされる。 柔道の背負い投げだ。 全然合気道でも捕縛術でもない。 「ぅぅっ……。」 なんとか受け身に近いものはとれたけど、素人だし、そもそも本物の受け身を知らないのでかなりダメージを受けてしまう。 投げ飛ばされた時のあまりの痛みに、思わずうめき声をあげてしまった。 それでも、計画をやめるわけにはいかない。 意地でなんとか立ち上がる。 「加減しすぎたかな?じゃあ次は本気で行くぞ。」 とんでもない。 十分痛いです。 今度は翔君の方から仕掛けてきた。 まだ少しふらついている私に近寄ってくると、スタンガンを持っている右手をひねって、背中の方に回してきた。 間接を固められてしまった。 これはまずい。 全く抵抗も出来ないし、相手の意志で腕を上にあげられればそのたびに痛みが増す。 「よし、捕まえたぞ。9時49分、現行犯逮捕だ。」 翔君は携帯で時間を確認して私に告げる。 ああ、なんてことだ。 最後の最後で失敗してしまった。 「全く、ご丁寧にタオルなんかで顔を隠しやがって。顔をさらす度胸もないのかよ。」 翔君のあきれたような声が聞こえる。 このまま私は刑務所に入れられて一生翔君に会えなくなるのだろうか。 481 :6~風見乃音の5月1日~その5:2010/03/18(木) 23 58 55 ID y5mr/T4y そんなの嫌だ。 そんなの嫌だ。 そんなの嫌だ。 なんとかこの間接技から逃れようと暴れる。 「おいっ、このっ!おとなしくしろっ!」 腕をさらに上にあげられる。 「痛いっ!痛いよぉ……。」 あまりの痛みに思わず泣き声混じりの声が出てしまう。 もともと私は体育会系じゃないし、そんなに強いわけでもない。 それが武道の有段者相手によく頑張ったと思う。 「えっ?!お前まさか……。」 私の声を聞いたとたんに、翔君の私の腕を持つ力が緩む。 今しかない!とっさにそう思った。 その瞬間、持てる全ての力を尽くして翔君の腕から逃れ、下に落としてしまったスタンガンを拾い、翔君に押し当てる。 翔君は私の声を聞いてかなり驚いたようで、その間全く動けなかったようだ。 スタンガンがバチバチっと光った直後、翔君の「うっ」といううめき声が聞こえて、彼は地面に倒れた。 私の家はもう目の前。 引きずっていくと、誰かに見られた時に怪しまれるかも知れないから、酔った人を送っていますといった感じで、肩を貸す格好で歩く。 「ふふふ、これからどうしようかなぁ……。」 本当に最後の最後で私に味方してくれた神様に感謝しながら、翔君を部屋まで運び込んだのだった。
https://w.atwiki.jp/i_am_a_yandere/pages/283.html
591 :ほトトギす ◆UHh3YBA8aM [sage] :2008/03/31(月) 18 51 23 ID EsE5f1aD 楢柴文人から改めての謝罪があったのは、昨夜の事だった。 財閥の長のそれとは思えない丁重な謝意と、従妹との婚約の解消を正式に告げられた。 騒動の発端――綾緒は謹慎を申し付けられたらしい。 自分の罪を自覚できるようになったら、本人にも頭を下げさせる。 伯父はそう云って額を地面に擦り付けた。 楢柴文人は有言実行の人だ。 彼がそう云う以上、その言葉を信じない訳には往かない。 綾緒の件は一件落着と考えて良いのだろうか。僕の胸は少しだけ軽くなった。 従妹とはここ最近で色色あったけれど、以前のような関係に戻れたら良いな、とは思う。それが可能か どうかは置いておいて。 だから。 「日ノ本くん」 今は。 「朝ご飯作りに来たわよ」 この人――“日ノ本創の恋人”、織倉由良こそが最大の問題になったと云える。 チェーン越しに覗く笑顔。 手にはスーパーの袋。 そして、包帯。 「開けて?日ノ本くん」 「・・・・」 綾緒には織倉由良は家に入れるなと云われたが、今はそれ以上の理由で入れるべきではない、と思う。 けれど。 「ね?」 どこか不気味な笑顔を浮かべるこの人を、拒む力が僕にはなかった。 チェーンを外す僕の顔は、一体どの様であったろうか。 すぐ傍の壁を見上げる。 そこには綾緒の設置した能面があり、面はじぃっと、僕を見つめている。 (綾緒に知れたらただじゃ済まないんだろうな・・・) だけど、拒んでもただでは済まない。 痛痛しく巻かれた包帯が、拒むことを拒ませる。 「ふふ、おはよう、日ノ本くん」 「・・・おはようございます、織倉先輩」 彼女は上機嫌で靴を脱ぐ。心底嬉しいのだろう、雰囲気が明るい。 「ねえ、日ノ本くん」 「はい?」 「防犯のつもりだか何だか知らないけど、チェーン掛けるの止めてね?」 「え?」 「だって、そんなのがあると、私がこの家に入りにくくなるでしょう?窓ガラスを破ったり、鎖を切断 するのも面倒臭いし、すんなり入れるようにしてくれると嬉しいな?」 「・・・・・」 彼女は笑顔。 何て事の無い話しをするように、笑顔でそう云った。 「はい、めしあがれ」 暫く後。 テーブルにつく僕の前には、朝食とは思えぬ力の入った料理が並べられている。 僕はそれを力なく口に運ぶ。 「どう?美味しい?」 なんて先輩は微笑むが、僕には味がわからなかった。 今まで何度も先輩のご飯は御馳走になった。 だから、今咀嚼している『これ』も良い出来なのだろう。見るからに腕によりをかけたとわかる品品な のだから。 先輩は重ねて「美味しい?」と問う。 味覚を機能させていないまま、僕は頷いた。これも嘘になるのだろうか。 「良かった。まだまだあるから、沢山食べてね?」 織倉由良は上機嫌に微笑んで、頬杖をつきながら僕を見つめている。 「ふふ、嬉しいなぁ。日ノ本くんが私のご飯、食べてくれてる」 「・・・・」 「・・・ねぇ、日ノ本くん」 592 :ほトトギす ◆UHh3YBA8aM [sage] :2008/03/31(月) 18 53 50 ID EsE5f1aD 「はい?」 「日ノ本くんには、イトコの女がいたわよね?」 一瞬動きが固まる。ここでその名前が出てくるとは思わなかった。 「綾緒の、ことですか」 「そう、その娘」 先輩は自身の作った料理に目を落とす。 「前にあの娘、自分が日ノ本くんのお世話をする、何て云ってたけど、その後どうなったの?」 「・・・・」 僕は手を止めた。 先輩と綾緒の相性は間違いなく悪い。 ただ、不幸中の幸いと云うべきか、接点があまりない。余計なことにならずにいる。 先輩を刺激するようなことは云わない方が良い。 それが僕の下した決断だった。 「綾緒は、そうそうここには来れませんよ。あいつ、雪見台(ゆきみだい)に住んでるんで。習い事も 多いし、家の付き合いもありますから」 本来の綾緒はそうだ。 ここ最近が特別だっただけで、それは、嘘ではない。 「ふぅん」 先輩は指で皿を弾く。 「まあ、中学の時から日ノ本くんが私のお誘いを断ったのって6回だけだったから、それはその通りな んだろうね。――それにしても、雪見台かぁ、遠いねぇ。じゃあ、“後回し”かな」 「え?」 「ううん、こっちの話。それよりも日ノ本くん」 織倉由良は笑顔で僕を見る。 「私達、恋人同士よね?」 「――」 「どうしたの?どうして答えてくれないの?」 「いえ・・・」 僕は首を振る。 包帯ばかりが目に入る。 「先輩、手、痛くないんですか?」 「ん?これ?」 織倉由良は自らの腕に目を落とし、それからくすくすと笑った。 「ふふふ。これはね、日ノ本くんに安心して貰うために付けた傷だもの。日ノ本くんが私のことを好き だって云えるようにした代価なの。だから、平気。ジンジンと疼くけど、日ノ本くんのことを考えると この痛みも心地良いのよ?私は何度でも命を掛けられる。貴方が望むなら、今この瞬間にだって」 どこか夢見るような表情で彼女は包丁に目をやった。 「や、止めて下さい」 「でも」 「お願いですから、怪我するようなことはしないで下さい」 「・・・・・」 僕がそう云うと、彼女は口を止め、動きを止めた。 織倉由良は頬を染めている。 頬を染めて、僕の掌を両手で包む。 「嬉しいなぁ。やっぱり日ノ本くんは私を愛してるのね?私のことを気遣ってくれているのね?」 掌を引き寄せ、その甲に頬を擦り付ける。 陶酔とはこういう状況をさすのだろうか。いずれにしても、『僕』と『彼女の中の僕』には大きな乖離 があるようだ。 「私、日ノ本くんがいれば、他は何もいらない・・・。日ノ本くんもそうでしょう?だからね、お願い があるの」 「・・・・」 僕は答えない。 何を云われるか判らないのだから、返事など出来るはずも無い。 けれど彼女は沈黙を肯定と受け取ったらしい。そのまま言葉を紡ぎ、『お願い』を口にした。 「あのね、私以外の女の子とは、口を利かないで欲しいの」 「――え」 「誰とも。何とも。どこでも。女と云う女とは、口を利かないで?そのかわり、私も日ノ本くん以外の 男の子とは、口を利かないから」 「そんなの」 593 :ほトトギす ◆UHh3YBA8aM [sage] :2008/03/31(月) 18 56 03 ID EsE5f1aD 無理に決まっている。 第一部活をどうしろと云うのだろうか。茶道部は僕以外、皆女子なのだ。 「部活なら気にしなくて良いのよ?もうあんな所へ往く必要なんて無いの。あそこは元元、日ノ本くん を保護するために拵えたのだから。これからの放課後は、ここか私の部屋ですごせば良いの。この世界 には2人だけで良い。他はいらないの」 そうでしょう? 先輩は当たり前のことを確認するかのように僕に微笑みかける。 けれど僕は首を振った。 「そんなこと出来る訳無いじゃないですか。先輩だって、そのくらい判るでしょう?」 「・・・・・」 織倉由良は笑顔を消して、悲しそうな顔をする。 「日ノ本くん、どうして判ってくれないの?私達は愛し合ってる。そうでしょう?」 「・・・・・」 「なら、お互いを大切にしたいじゃない。お互いだけにしたいじゃない。だから“他”は不要だし、そ うなる様に努力すべきでしょう?」 違う。 この人は。 織倉由良の考えはどこかおかしい。 仮に僕が彼女の本当の恋人だったとしても、こんな考え方についていけはしないだろう。 いや、それ以前に。 (織倉先輩は、こんな人間ではなかったはずだ) ここ最近の――そして、今の彼女の態度。 それは、明らかに常軌を逸している。 『彼女の中の僕』が先輩を愛しているとしても、ここまで歪な愛情になるものだろうか。俄には信じら れない。 彼女が変わってしまう様な、そんな事があったのだろうか。それとも僕の目が節穴だっただけで、元か らこういう人だったのだろうか。判断が付きかねる。 「ね?そうしてくれるわよね?」 「・・・・・」 彼女は僕の手をぎゅっと握る。 (何とかしないと) 僕は冷静でいるであろう後輩の姿を思い浮かべた。 「それは申し訳ありませんでした」 一ツ橋朝歌は深深と頭を垂れた。 申し訳ありませんと云っている割には、表情に変化は無い。 ここは学校の屋上。 時間は昼休み。 織倉先輩から逃れ、比較的発見され難いこの場所へ一ツ橋を連れて来た。勿論話を聞いて貰うためだ。 ここ最近の織倉先輩の行動と僕の立場。そして綾緒の境遇も説明した。 一ツ橋はいつも通りの無表情で黙って話を聞いていたが、聞き終えると前述のように頭を下げたのだ。 「何でお前が謝るんだ?」 「責任の一端が私にもあるようですから」 後輩は無表情に面を上げる。隣同士に座っているので、顔が近い。 「責任の一端?」 「部長がお兄ちゃんのことを好いている事は知っていました。お兄ちゃんは、知らなかったでしょうけ ど」 「寝耳に水だった」 「部長には、想いが届いていないからお兄ちゃんは振り向かないと云いました。それでああしたのだと 思います。加えて云えば、お兄ちゃんの過去を話したのも私です。今思えば余計なことをしましたね」 「そうか。藤夢のこと話したの、お前だったか。確かに、一ツ橋なら、僕の過去を知っているか」 「すみません」 「いや、そのくらいなら別にお前のせいじゃない。謝らなくて良い」 僕が云うと、一ツ橋はもう一度、無言で頭を下げた。 「これをどうぞ」 ひと段落すると、一ツ橋は掌を差し出した。そこには何かが乗っている。 「これは?」 「御守りです。今回のものも効果が無かったようですから、交換します」 使い方は一緒です。 594 :ほトトギす ◆UHh3YBA8aM [sage] :2008/03/31(月) 18 58 27 ID EsE5f1aD そう云って立ち上がる。以前貰った御守りは首からかけているので、架け替えるつもりなのだろう。 「お兄ちゃん」 「ん?」 「確認ですが、お兄ちゃんは、部長のことを愛してはいないんですよね」 「異性に対する愛情という意味ではね」 「そうですか」 ちいさな妹分は頷いて、じっと僕の顔を見つめる。凄く顔が近い。息が掛かりそうだ。彼女はそのまま の姿勢で、身じろぎもしない。 「どうかしたか?」 「いえ何でもありません。終わりました」 後輩は以前の御守りを仕舞うと、そのまま僕の膝の上に座った。相変わらず、軽い。 「なあ一ツ橋、僕はどうしたら良いと思う?」 「朝歌です」 「・・・朝歌」 「お兄ちゃんは、どうしたいんですか?」 「僕か?」 目を閉じる。 想起するのは、少しだけ前の日常。 普通に暮らしていた毎日。 そんな光景。 「以前の境遇に戻ることは、不可能だと思います」 胸中を察したのか。一ツ橋は僕が答える前に云う。 「そうだろうな」 納得はしている。 それは理想、否、妄執だ。 どう纏めても、戻ることの無い日日なのだ。 「それでも僕は、先輩には昔の尊敬できる人に戻って欲しい。仲の良い、唯の後輩に戻りたいんだよ」 「具体策はあるんですか?」 「ない。だから相談してる」 「・・・・」 「まあ、当面の問題として、“恋人関係”を解消しないとな」 けれど、峻拒できない。 すれば、あの人は再び自身の身体に刃物を突き立てるかも知れない。 「なあ、朝歌、何か良いアイデアはないか?」 「時間切れです」 「え?」 後輩は僕の膝の上から降りた。 刹那、屋上の扉が開かれる音がする。 「日ノ本くんっ」 「織倉先輩・・・」 音のしたほうに目をやると、そこには息を切らした『恋人』の姿。 随分走り回っていたのだろうか、白い肌に珠の汗が浮かんでいる。 (時間切れ、か) 「探したのよ?どうして私とお昼を一緒してくれなかったの?」 「・・・・・」 怒ったような。 拗ねたような。 それでいて安堵したような。 そんな表情で、僕の傍へと遣って来る。 「朝も云ったでしょう?私達はもっと一緒にいる時間を作らないといけないの。1秒も無駄には出来な いのに・・・」 云いかけて、先輩は動きを止める。 「・・・・・何、それ」 白く長い指が、華奢な矮躯を指差した。僕の傍に在る後輩の姿に気づいたらしい。 「どうして?どうして私じゃなくて、朝歌ちゃんと一緒にいるの?」 「あ、これは・・・」 「私、朝云ったわよね?私以外の女の子と、口を利かないでって。なのに、なのに、なのに!なのに! なのに!!何で私以外の女といるのよ!?」 炎のような瞳だった。 595 :ほトトギす ◆UHh3YBA8aM [sage] :2008/03/31(月) 19 00 40 ID EsE5f1aD 怒りを燻らせ、揺れる双眸が僕を捉えた。 僕は一瞬、身を竦める。 刺激しない方が良い。 それは判っている。 判っているが、長い付き合いの後輩を無視の対象には出来ない。 「先輩、流石に一ツ橋とまで口を利かないなん、」 「黙って!!」 僕の言葉を遮って、織倉由良は一ツ橋を睨みつける。 「朝歌ちゃん。貴女が私の日ノ本くんをここへ連れて来たの?」 「・・・・・・」 一ツ橋は答えない。 澱みの無い瞳で、じっと年長者を観察している。 「私と日ノ本くんは付き合ってるの。愛し合ってるのよ?貴女が日ノ本くんと古い知り合いなのは知っ ているけど、そんな理由で私達の間に入り込んじゃいけないの。どうなの?貴女が日ノ本くんをここに 攫ったの?」 「はい。私が先輩に無理を云ってお付き合い頂きました」 「なっ」 違う。 相談を持ちかけたのは僕なのに。 「そう。やっぱりそうなのね。――じゃあ」 ゴツッと。 鈍い音が屋上に響く。 それは織倉由良が一ツ橋朝歌を殴りつけた音だった。 一ツ橋は一瞬身体を揺らしたが、すぐに直立の姿勢に戻った。口を切ったのか、口端から血が滲んでい る。 「と、朝歌!」 僕は思わず駆け寄ろうとする。 けれど、後輩は目でそれを制した。 「余計なことはしなくて良い」 そういう瞳だった。 「・・・・・・」 ここで本当のことを話せば、織倉先輩は逆上し、更に話が拗れる。それを知っているから、一ツ橋は嘘 云ったのだ。 (でも駄目だ) それでも一ツ橋を悪者にするわけには往かない。 「織倉先輩、待って下さい!一ツ橋を誘ったのは僕のほうだ。悪いのはこいつじゃない」 「日ノ本、くん・・・・?」 織倉由良は信じられないものを見たかのような顔をする。 「どうして?どうしてこの娘を庇うの?悪いのは朝歌ちゃんなのに。私達の貴重な時間を奪った張本人 なのに・・・」 「そうじゃないんです。本当に僕が一ツ橋を誘ったんだ」 「・・・・」 先輩は呆ける。 次いで俯いて。 そして、怒りに歪んだ顔を上げた。 「このっ、浮気ものッッッ!!!!」 先輩は腕を振り上げる。拳ではなく、平手。 僕は目を閉じた。別に殴られるくらいは構わない。 けれど。 「うぁあっ!痛いッ・・・・!!!」 先程まで微動だにしなかった一ツ橋が、織倉由良の腕を捻り上げていた。余程に力が入っているのか、 指が腕に食い込んでいる。 「ひ、一ツ橋」 「朝歌ちゃん、な、何するのよ・・・!」 「それは私の科白です」 淡淡と。 いつものように抑揚の無い、無機質な喋り方だった。 「私を叩くのは構いません。ですが、兄に手を上げるなら話は別です」 「ぅ、ああああ!痛い、痛い、痛いぃぃ!!!」 596 :ほトトギす ◆UHh3YBA8aM [sage] :2008/03/31(月) 19 02 54 ID EsE5f1aD 「そうですか」 ぎりぎりと指が食い込み、白い手首が鬱血して往く。包帯を巻いていないその腕も、このままでは治療 が必要になってしまう。 「朝歌!止めろ!!!」 僕は叫ぶ。 「・・・・」 一ツ橋は僕の顔を見る。 本気でそう云っていると判ったからか、 「わかりました」 アッサリと手を離した。 「~~~~~!」 戒めを解かれた織倉由良は驚愕し、それから怒りが込み上げた様な顔をする。 「何するのよっ」 力任せに頬を張る。 一ツ橋は抵抗もしない。避けもしない。黙って叩かれている。 「織倉先輩、もう止めてください」 僕はたまらず腕を掴んだ。一ツ橋はどれほどの力を込めていたのだろう。彼女の腕は真っ赤になってい た。 「日ノ本くん!まだこの女の肩を持つの!?」 「そうじゃありません。暴力は止めて下さい。悪いのは僕なんです」 「酷いよ、日ノ本くん、悪いのは朝歌ちゃんなのに・・・っ」 織倉由良は腕を振り解くと、涙を浮かべて走り去る。 「先輩・・・」 「今はそっとしておいたほうが良いです」 追いかけようとした僕を、後輩が制した。 「後で私が謝っておきます。多分、それで解決します」 「けど、それじゃ、お前が」 「構いません」 一ツ橋は織倉由良の消えた方角を見つめている。 「お兄ちゃんは、自分の問題を解決してください。それで良いんです」 「でも、」 「“これ”は見物料みたいなものです。気にしていません」 そう云って頬を撫でる。 痛痛しく腫れ上がっているが、何事も無いかのような表情だった。 「気にしないって、お前・・・」 「気にしてません。」 一ツ橋は涼やかな瞳で僕を見る。 「私、ただの傍観者ですから」 597 :ほトトギす ◆UHh3YBA8aM [sage] :2008/03/31(月) 19 04 59 ID EsE5f1aD 放課後になった。 先の宣言どおり、一ツ橋は織倉先輩に謝罪に往ったらしい。 元元の原因は僕にあり、更には先輩の狂行があり、その結果の出来事なのだから一ツ橋に非は無いはず なのだ。 けれど、扱い次第で命に関わる話だからと泥を被った。 「あとで一ツ橋に謝っておかないとな」 勿論、お礼も。 そんなこんなで、帰路に着く。 先輩も後輩もいない。 珍しく、今日は一人の放課後になりそうだ。 酷い話だが、少し心が軽くなった。僕は自分で思っているよりも、性格が悪いのかもしれない。 校門まで来て、異変に気付く。 疎らにだが、人だかりが出来ていた。 「?」 何だろう。 僕もそちらに歩き出す。 「あれは・・・」 そこには、見覚えのある高級車が止まっていた。 僕の血。 それが交換になったときに乗った、あの車だった。 車の傍には使用人と思しき人物が立っている。 彼は僕に気付くと、人だかりを気にせずこちらへ来て、丁寧な礼をした。 「日ノ本様。お待ち申し上げておりました」 確かに見覚えのある人だ。楢柴の屋敷で、何度か合った事がある。 「あの、僕に何か・・・」 『どちら』の用事だろうか。 父か、子か。 それとも、別の誰かか。 彼はもう一度丁寧に礼をした。 「綾緒お嬢様の云い付けで参りました。どうか、御同行下さい」
https://w.atwiki.jp/i_am_a_yandere/pages/1752.html
名前:リバース ◆Uw02HM2doE [sage] 投稿日:2010/07/26(月) 00 55 15 ID 6vjtxC6b [2/8] 「…つまり私では役不足だということか」 放課後の空き教室。窓からは夕日が射し彼女の髪をさらに赤く染めていた。 「そうじゃない。役不足とかじゃ、ないんだ」 「じゃあ何なんだ!?」 疲れた顔で返答する少年に対して赤髪の少女は怒りをぶつける。 「じゃあ何で…何でそんなことを言う!?」 思わず涙が頬を伝う。彼女にとっては生まれて初めての屈辱。 「……ゴメン」 「言ってくれただろう!?私を受け止めてくれるって!俺だけは味方でいるって!私を理解してくれるのは要だけなのに!」 彼女の心の叫び。 彼女にとって生まれて初めて出来た失いたくないもの。それが目の前の少年だった。 「はは…何か照れるな」 「ごまかすな!知っている癖に!」 少女は少年に抱き着く。まるで目の前の少年、白川要が自分の物であることを示すように。 「本当に……ゴメン」 要はそんな少女を拒絶する。でなければ対等になどなれるはずもないから。 「す、す、捨て…ないで…!何でも…な、何でもする!もう…もう口答えしない!す、素直になる!だから…だから捨てないで!」 少女の叫び。 滅多に流したことのなかった彼女の涙に、要は改めて自分の罪を自覚した。 「…………」 「要…要っ!!」 いつでも気丈だった。とても強く頼りがいがあった少女。 でも弱さを抱えていて、要はそれに気付いてしまった。 少女は生まれて初めて、本当の自分を見てくれる人に出会った。 「…………」 「…あ…あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁあ!!」 そして彼女は……壊れた。 「………また夢か」 今までにも体験したことがある生々しい夢。しかし内容が若干違っていた。 「…うわっ、背中の汗やばいな」 季節はもうすぐ秋。少々かきすぎな汗を拭い、俺はベットから起きた。 周りを見回すと窓から暖かそうな日が射していた。 部屋の中はさっぱりとしていたがラケットやテニスボールがあるのを見ると、どうやら俺は本当にテニス部だったようだ。 「…やっぱりあの"趣味"は嘘だったみたいだな」 この部屋の何処にもパソコンはない。 そして鮎樫さんが言ったような、いかがわしいソフトも一切無かった。 「だよな。俺がエロ…じゃなくてそのようないかがわしい物が好きなわけないもんな」 「何がいかがわしいの?」 「だからエロ…っておい!」 素早く後ろを向くとそこにはエプロン姿の妹、白川潤が立っていた。 「朝ご飯出来たから呼びに来たら……兄さんは朝から一体何を考えてたのかな」 「誤解だあべしっ!!」 素早く足払いをされベッドに倒された。そして目の前には覆いかぶさる潤の姿が。 532 名前:リバース ◆Uw02HM2doE [sage] 投稿日:2010/07/26(月) 00 56 32 ID 6vjtxC6b [3/8] 「捕まえた」 「っ!コマンド表示!!」 たたかう どうぐ = にげる 勿論即座に"にげる"を選択! かなめ は にげたした! 「これで…どうだっ!?」 「甘い」 しかしまわりこまれてしまった! 「なっ…!」 敢えて抵抗せずベッドに倒れ、潤が油断して接近する隙をついて脱出する俺の完璧な作戦は 「まだまだだね」 がっちりと両肩を掴んだ潤の両手によってあっさりと破られた。 「くそっ…つーか力強すぎだろ!」 何とか抵抗しようとするが押さえ付けられて全く動けない。 「病み上がりの人には負けません。それに鍛えてますから」 ゆっくりと近付いてくる潤の顔。辛うじて手だけならば動かせる。 「このままじゃ…仕方ない、これだけはしたくなかったんだが」 隙を伺う。潤が俺にキスしようとする一瞬の隙を。 「それでは頂きます」 「…!黄金旋風突(ゴールデンフィンガー)!!」 一瞬の隙をついた俺の攻撃に潤は反応出来ずにただくらうしかなかった。 「ひゃんっ!?」 「今だっ!」 俺の黄金旋風突(人差し指で相手の乳首を突く本来ならば対男用の迎撃技)によって潤の力が弱まり、俺は見事脱出に成功した。 潤はまだ悶えているようだ。 「…お前の敗因はただ一つ。たった一つのシンプルな答え。お前は俺を怒ら」 「セクハラじゃボケェェェェエ!!」 こうして俺の爽やかな朝は妹の飛び膝蹴りによって幕を閉じた。 …そうなのです。私、白川要は自宅へと帰ってきたのです。 533 名前:リバース ◆Uw02HM2doE [sage] 投稿日:2010/07/26(月) 00 57 19 ID 6vjtxC6b [4/8] 「…っ!蹴られたところまだ痛むわ」 白川家1階リビング。前に鮎樫さんが言ったように両親は出張中のようだった。 そして目の前のテーブルには美味そうな朝ご飯が。 「兄さんが変なことするからでしょ!ほら、早く座って」 潤に促され席に座る。やはり朝はしっかり食べないとな。 「変なことって…。潤だって朝から俺にキスしようとしたじゃねえかよ」 「あれは…スキンシップってやつよ。兄さんのはセクハラ!」 「セクハラってお前な…。まあいいや、それより早く食べようぜ」 言い合いは不毛だし折角の朝飯が冷めちゃうからな。 「それもそうね。じゃあせーの…」 「「頂きます」」 まずは味噌汁を頂く。 やはり潤の作った飯は美味い。両親が出張というのもあるだろうが元々のセンスもあるのかもしれない。 「この卵焼き、ちょうど良い甘さでめっちゃ美味いな」 特に卵焼きは天下一品だと思う。この絶妙な甘さ加減は俺のお気に入りだ。 「ふふっ、そりゃあ私が腕によりをかけて作ったんだもの。美味しくて当然よ」 えへんと胸を張る潤。…そのポーズは朝から刺激が強すぎるがそれはスルーしておこう。 「本当に色々とありがとな。潤がいてくれて良かったよ」 「っ!な、何いきなり臭い事言ってるのよ!家族でしかも恋人なら当然でしょ!」 途端に顔を真っ赤にして動揺する妹。なんて分かりやすい奴なんだ。 「まあ恋人かどうかは別にして」 「………」 「黙ってこっちを睨むんじゃない!…とにかく感謝してるよ」 「……ど、どういたしまして」 潤の顔はしばらく赤いままだった。 時刻は昼過ぎ。 ニュースでは残暑というが体感気温はまだまだ真夏日といった感じだ。蝉達もここぞとばかりにミンミンと合唱している。 俺が住んでいる桜ヶ崎市は県内では栄えている方らしい。 桜ヶ崎駅周辺にはショッピングモールや電気街などが建ち並んでおり、休日には近くから多くの人々が訪れ活気が溢れている。 そんな駅周辺、というか駅のすぐ近くにある向日葵という喫茶店に俺と妹の姿はあった。 「で、そいつらはいつ来るんだ?」 「もう少しだよ。あっ、電話だ…もしもし?そうそう“向日葵”の…そうだよ、いつもの席」 電話している妹を見ながら自分を落ち着けさせるために状況を整理してみる。 病院から帰ってきて一週間。 まもなく夏休みが終わり学校ということで一応学校には一通り事情を説明した。 始業式後に詳しい話を聞かせてもらうと言われたけれど。そしてその足でここへ。 何故かといえば 「もうすぐ来るって兄さん。組の皆、兄さんに会えるの楽しみにしてたよ!」 「組って…クラスメイト全員が来るのか?そんなにこの喫茶店に入らないだろ」 知り合いに会うためである。 俺は記憶と一緒に携帯も無くしてしまったらしく、一番仲の良かった奴らに妹が連絡してくれた。 「組ってクラスのことじゃないよ…。本当に覚えてないんだね」 「ん?クラスじゃないってどういう…」 良く分からない。詳しく話を聞こうとした瞬間 「要じゃねぇか!!」 「うおっ!?」 「あっ、来た」 後ろから物凄い大声が聞こえた。恐る恐る後ろを振り向くと 「おっす!」 「どーも」 「………」 三者三様の顔がそこにあった。 534 名前:リバース ◆Uw02HM2doE [sage] 投稿日:2010/07/26(月) 00 59 18 ID 6vjtxC6b [5/8] 喫茶店“向日葵”の店内はこじんまりとしているが、店長自慢の珈琲の香りが落ち着いた雰囲気を醸し出している。 そんな店内の奥、三人ずつが向かい合って座れる六人用のスペースに俺達の姿はある。 一番奥の窓側の席には俺と潤が向かい合って座っていた。 「成る程ね。それで要に連絡がつかなかったわけか」 俺の隣では金髪天然パーマの少年が話している。何処かで見たことがあるような…気のせいか。 「しかし記憶喪失か。羨ましい体験しやがって!」 そしてその少年の隣はさっき俺を驚かせた声の主、赤茶の短髪でいかにも体育会系の少年が話を繋げる。 「亮介(リョウスケ)は少し黙って。人物以外はちゃんと思い出せる?例えば勉強の知識とか」 そして潤の隣に座っている白髪ロングヘアーの少女が質問をしてきた。 「…多分大丈夫だと思うけど」 「思い出せないのは人物関係だけ?」 「う、うん。多分そういうことになるな…」 「…何でビクビクしてるの?」 何故か知らないがこの白髪少女の前だとどうも緊張する。過去に何かされたのだろうか。 「い、いや…つーか、あのさ…」 「三人とも落ち着いて!質問もいいけどまずは自己紹介から!」 ナイスだ潤。 そう、この三人は座っていきなり自己紹介も無しに俺の現状について質問し始めたのだ。 「それもそうだね。じゃあ僕から」 そう言って隣にいた金髪天然パーマの少年が立ち上がった。 「…立つ必要はあるのか」 思わず突っ込んでしまった。 「ん?まあその方が雰囲気出るでしょ。別に要が自分の身長が少し低いのを知っていて、僕の背の高さを自慢しているわけじゃないからね」 「うるせぇ!170はちゃんとあるわ!」 「…四捨五入して?」 「別に切り上げしてないから!」 何か知らんが自然と反応してしまう。…ちょっと待てよ。 「兄さん、自分の身長知ってたの?」 そう、潤の言う通りだ。 「いや、良く分からんが自然と言ってしまった」 「やっぱりね。記憶は失っても絆は消えないから。要と僕のボケとツッコミという絆はちゃんと残っているようだね」 「そんな絆いらないんだが…」 「僕の名前かい?」 「聞いてねえよ!」 …よく分からんが反応してしまう。 「僕の名前は藤川英(フジカワハナ)。英語の英と書いてハナと読む。要とはクラスも委員会も同じ、親友ってところかな」 「英って珍しい名前だな」 「よく言われるよ。もう忘れないでね」 「…ゴメンな」 「謝る必要はないよ。じゃあ次は亮介、頼むね」 そう言って金髪天パの少年、藤川英は座った。 そして代わりに赤茶短髪の体育会系な少年が立ち上がる。 「おっす!俺は如月亮介(キサラギリョウスケ)だ!よろしくな!」 「お、おう…よろしく」 何か握手を求められてしまった。とりあえず握手をするが…何か暑苦しい。 「…もう終わり?」 「他に何か言うことあるのか?」 「いや、別に無いなら良いんだけど…」 「ああ!前に要に借りたエロゲーならちゃんと返すから安心してくれ!」 「そっか、ありが……はあっ!?」 535 名前:リバース ◆Uw02HM2doE [sage] 投稿日:2010/07/26(月) 01 00 55 ID 6vjtxC6b [6/8] 今いきなり爆弾発言しなかったコイツ…。というか 「あらら」 「………へぇ」 「………ふぅん」 「あ…要、スマン」 空気が重いですよ。息が出来ないほど。そして女子二人の視線が痛い。 「…ちょっと良いかな、兄さん」 「ち、違うんだ…俺は知らない、知らないんだ!」 「言い訳は…後で聞くわ」 「だ、誰か…!…英、助けてくれっ!」 俺は親友へ助けを求めるが…。 「現在電波の届かないところにおられるか電源が入っていません」 「親友じゃねえのかよ!?」 「ダッテウシロコワイ」 「えっ」 後ろ?と思い振り向いた瞬間 「成敗っ!!」 潤の上段回し蹴りが目の前に 「っ!?」 さく…れ……つ…… 「し……ろ………」 最期に見えたのは可愛らしい白い布だった。 「「か、かなめぇぇぇえ!!」」 店内に英と亮介の声が響いた。さようならセカンドライフ。 夕焼けが街を包む頃。桜ヶ崎駅前商店街には5人の若者の姿があった。 「結局会長は来なかったな」 亮介が先頭を歩きながら話す。 「まあ会長は忙しい人だから。今オーストリアだっけ」 続いて英が要に肩を貸しながら潤に尋ねる。 「うーん…。どうだろ?兄さんが見付かったってメールはしたけどまだ返事は来てないから」 尋ねられた潤は茜色の空を見ながら答える。 「……しかし今日は痛い目にあったぜ」 俺は英に肩を貸してもらいながら拗ねた口調で言う。左足には包帯が巻いてあった。 「でも受け身に失敗して足を捻るなんて要らしいね」 英はクスクスと笑いだした。 「元はといえば要に原因がある」 一番後ろを歩いていた白髪の少女、春日井遥(カスガイハルカ)が素っ気なく繋げる。 536 名前:リバース ◆Uw02HM2doE [sage] 投稿日:2010/07/26(月) 01 01 44 ID 6vjtxC6b [7/8] 「俺は被害者だ!大体春日井は…」 反論しようと春日井を見る。 夕焼けが艶やかな彼女の白髪を強調していて何とも形容しがたい雰囲気を放っていた。 「……春日井は、何?」 スッと音もなく近づく春日井。潤と同い年には到底見えない綺麗な顔立ちに、思わず目を逸らす。 「…と、年下なのに生意気なんだよ」 何故かすくんでしまう。 最初に春日井を見た時から感じる違和感。一体彼女の何に怯えているのだろう。 「ふーん…。そういうこというんだ。エロゲー野郎」 「なっ!?」 「歳とかそういうのは関係ないって言ったのは要。…忘れてると思うけど」 夕焼けを見つめる春日井の横顔は今にも泣き出しそうだった。 「…悪かったよ、忘れちまって」 はたして何を忘れて何を覚えているんだろうか、俺は。 「まあまあ、要も忘れたくて忘れた訳じゃないわけだし」 俺の背中を軽く叩きながら英が言う。 「それに俺達はまた会えたわけだし、何の問題もねぇさ!」 相変わらず先頭を歩き続ける亮介がガッツポーズをしながら俺を励ましてくれた。 「さ、忙しくなるのはこれからだよ兄さん。"要組"も再開しなきゃいけないしね」 「"要組"…?何だその暴力団的な名前は」 「さっき言ってた組のことだよ。クラスじゃなくてこの皆のこと!」 「"要組"…」 何か引っ掛かる。何だろう…すごく大切なことを忘れてるような…。 「聞いて要」 突然春日井が歩くの止める。皆も止まり彼女を見ていた。 「あのね…。わたし、要組が大好き。皆のおかげで今のわたしがいる。だから忘れていてもいい。"また、やり直せばいい"。ね?」 ゆっくりと微笑んだ彼女に皆が頷く。そして俺も 「…そうだな」 ゆっくりと頷いた。 「要…組…」 深夜。まだ慣れない自分のベッドのせいか寝られない。 まあそれだけが原因じゃない訳だが。 「なんだろう…この感じ」 思い出せそうで思い出せない。そんなもどかしさから寝られずにいた。 「…焦る必要なんて無いよな」 気になることはある。 もう一人の仲間らしい『美空優(ミソラユウ)』のこと。一つ上で生徒会長らしい。 というかそもそもなぜ要組が出来たのか。でも気にしていても仕方ない。 「学校か。どんなとこなんだろ」 まるで入学式前の小学生のような気持ちになった。
https://w.atwiki.jp/i_am_a_yandere/pages/1927.html
496 :触雷! ◆0jC/tVr8LQ :2010/10/18(月) 01 06 05 ID nzeKkCQd ジュルッ、ジュルル……ブジュ…… 晃は僕の唾液を強く啜ると、逆に彼女自身のを僕の口に流し込んできた。 強引な体液交換だ。僕は黙って飲み込むしかなかった。 「んん……」 「ぷはあっ」 やがて満足したのか、晃は口を離した。 「吸って」 今度は、巨大な胸の先端、ピンク色の突起を僕の口元に突き出してくる。 「あの……」 「グダグダ言わない。黙って吸う」 「…………」 僕は逆らえずに、晃の乳首に口を付けた。 「あんっ……分かってたんだからね。あたしの胸マッサージしてるとき、いつもチンチン固くしてたでしょ?」 「それは……」 口ごもる僕。図星だった。僕だって生物学的には牡なのだ。 年頃の女の子の裸を見て触れて、反応しないで耐え続けるのは至難の技だ。 「フフッ。いいんだよ。責めてるわけじゃないんだから」 そう言うと晃は僕の手を掴み、乳房へとあてがった。 「これからは……ううん。今までもこれからもずっと、これは詩宝だけのものなんだから、詩宝が好きにしていいんだよ」 「…………」 僕は無意識に、晃の胸を揉みしだいていた。 触り慣れているはずなのに、今までと何かが違う気がする。 「んっ、あっ、いいよ詩宝。気持ちいい……」 これは、マッサージと愛撫の違いなのか。 ――僕は今、晃を愛撫している……? 違和感が、頭をよぎった。 微妙な、友達同士とも何とも言えない関係が崩れて、僕は気が動転しているのだろうか。 しかし、僕が考えをまとめるのを、晃は待たなかった。 「あはは、もうグショ濡れだわ」 腰を浮かせて、晃は自分の秘所を示す。 そこからは確かに、大量の粘液が滴り落ちていた。 晃のその部分も、僕は何度となく見ているはずなのに、今はまるで印象が違った。 ――これは一体、何……? 茫然としていると、晃がいきなり僕のものを握り締めた。 「あひっ!?」 「詩宝もカッチカチだねえ。お互い準備OKってことで、本番いっちゃいますかあ」 晃は何の躊躇も見せず、僕の先端を秘裂にあてがった。 「行くよ……あ、もちろんあたし、これが初めてだからね」 「あ、晃。ちょっと待……」 「うへへへ……念願の詩宝のチンポで脱処。それっ……」 ためらう僕を黙殺し、晃は腰を沈めた。 「あうっ……ちょっと痛いかな。でも凄いカイカン……」 「んんっ!」 僕は眼を閉じ、挿入の快感に耐えていた。 しばらくして目を開くと、破瓜の血が流れるのが見える。晃は少しずつ腰を動かし始めた。 「あっ! いいっ! ううああ!!」 晃の腰の動きは、どんどん激しさを増す。 「ひいっ! そ、そんなに動かさないでっ!」 挿れていると言うより、晃の膣に咥え込まれ、引き摺り回されているような感覚がした。 もちろん、ぶつけられる快感は半端ではない。 「出ちゃう! このままじゃ出ちゃうよっ!」 「あぎいっ! おぐうっ! いいよっ! 中で、あたしのマンコの中でぶちまけてっ!」 僕が限界に達したのは、それから間もなくだった。 497 :触雷! ◆0jC/tVr8LQ :2010/10/18(月) 01 07 22 ID nzeKkCQd どうでもいい授業を聞き流しながら、私は考え事をしていた。 ――やっぱり、詩宝さんを連れてくるべきだったかしら? 下手に外に連れ出すと、あのゴキブリメイドに襲われかねないと思って屋敷に残ってもらったが、こうして離れてみると、寂しくてたまらない。 明日からは、詩宝さんと一緒に学校に来よう。そして、私の膝の上に座ってもらって、同じ授業を受けよう。 詩宝さんと私では学年が違うが、詩宝さんなら1年上の授業ぐらい簡単に理解できるだろう。 何なら、校長に命じて詩宝さんを飛び級にさせてもいい。 夫婦なのだから、同じ学年の方が何かと便利だ。 一緒に学校に来ると決まったら、当然休み時間には、人気のない場所で夫婦の営みだ。 詩宝さんの精液をあそこから垂らしながら、何食わぬ顔で授業を受ける私。 ノーパンノーブラのお乳やお尻には、“詩宝専用”なんてマジックで書かれちゃったりして…… そこまで想像したとき、携帯電話のバイブレーターが作動した。メールの着信だ。 開いてみると、エメリアからだった。 『緊急自体です。大子宮おでんわを』 たった1行なのに、エメリアらしくもない誤字また誤字。 何事か分からないが、よほど切羽詰まっているに違いない。嫌な予感がする。 私はすぐに立ちあがり、大急ぎで教室を出た。教師が何か言ったようだが、耳に入るはずもない。 廊下で、すぐにエメリアの携帯に通話を入れた。1コールで彼女が出る。 『お嬢様!』 案の定、エメリアは錯乱状態に近かった。声の調子で分かる。 「落ち着きなさい。何があったの?」 私も思わず冷静さを失いかけたが、それでは会話が成立しない。努めて平静な声で、エメリアに問いかける。 『詩宝様が……屋敷の外に出られました』 「何ですって!」 聞いた途端、一瞬で私の頭に血が上った。もはや冷静さなど無用だ。大声で聞き返した。 「どうして!?」 『総日本プロレスの社長が会長に面会に来られて、帰りに詩宝様を……』 「お父様は、一体何をしていたの!?」 『それが……許可を出されてしまいまして……』 プツッという音が聞こえた。私の中で何かが切れたらしい。 思わず拳を壁に叩き込む。 コンクリートの破片が教室内部に散り、ギャーという悲鳴が多数上がった。 だが、悲鳴を上げたいのはこっちの方だ。 あの馬鹿父め。今、詩宝さんを1人で外に出すことが、どれだけ危険か分かっていないのか。 私がついていない間に、ゴキブリに襲われ、攫われでもしたらどうする気だ。 徹底的に、体に教え込んでやらないと駄目なのか。 いや。私は考え直した。 父を折檻するのは後でいい。今はとにかく、詩宝さんの身柄を確保することだ。 「詩宝さんがどこに行ったか分かる?」 『総日の、本部だと思います』 「分かったわ。すぐに学校に車を回しなさい」 『今向かっています! ソフィも一緒です!』 498 :触雷! ◆0jC/tVr8LQ :2010/10/18(月) 01 08 45 ID nzeKkCQd 通話を切ると、鞄を取りに、私は教室に戻った。 何故か、教師と生徒が全員、机の下に隠れていた。 揺れは感じなかったが、地震でもあったのだろうか。 まあどうでもいい。例えマグニチュード8の地震でも、今の私の行動を変えられはしないのだから。 迎えに来た車に乗り、超特急で総日の本部を目指す。 到着すると、すぐさま3人で中に入った。事務員らしい男が何か話しかけてくる。 「何よ?」 振り向いて聞き返すと、相手は口から泡を噴いて失神した。何かの持病だろうか。 構っていられないので、そのまま社長室に向かう。すると、今度はプロレスラーらしい男が前に立ちふさがった。 「おい、ここは関係者以外立ち入り……」 邪魔だ。拳で顎を打ち抜いて沈黙させた。 それからも、やたら筋骨だけはたくましい男達が何人も私達を阻もうとしたが、そのたびに全て、私かエメリアかソフィが打ち倒した。 社長室のドアを蹴破ると、中で社長の長木が震えている。 「詩宝さんはどこ!?」 「あの、これは中一条のお嬢様。実は……」 ソフィは長木に近寄り、右手の人差し指を掴んで無造作にへし折った。 「ウギャアアアアア!!」 「ボスは、詩宝様はどこかとお聞きですけど?」 「ひいい……ま、ま、待ってください……」 ソフィは中指もへし折る。 「ギエエ!!」 「早く言いなさい。今なら靴の紐ぐらい結べるわよ」 エメリアが傲然とした口調で言うと、長木はようやく白状した。 「と、と、堂上の家ですっ!」 堂上晃。詩宝さんと一緒のクラスの、あいつか。 男だから、詩宝さんと会話するのを容認してやったのに、その恩を忘れて詩宝さんを連れ出し、あまつさえ自分の家に引っ張り込むとは。 何という恥知らずの輩だろうか。一度思い知らせてやらねばなるまい。 「行くわよ」 「はい」 「イエス」 失禁と脱糞を繰り返しながら気絶する長木を置き去りにし、私達は社長室を出た。 ビルの出口にたどり着くまで、数十人の重軽傷者が呻いていたが、当然全て黙殺する。 総日も、所属のレスラーが素人の女子高生に倒されたなんて公表したくないはずから、表沙汰にはならないだろう。 再び車に乗った私達は、堂上晃の家に殺到した。 インターホンを押したが、誰も出ない。留守のようだ。あるいは居留守を使っているのか。 個人の邸宅ともなると、私でも迂闊に押し入ることはできない。仕方ないので玄関から離れた場所に車を停め、様子を見ることにした。 499 :触雷! ◆0jC/tVr8LQ :2010/10/18(月) 01 10 21 ID nzeKkCQd しばらくすると、また私の携帯電話が震え出した。 今度は電話だ。非通知である。 苛々していた私は、思わず電話口で怒鳴ってしまった。 「誰よ!?」 『ひっ! あ、あの……』 しまった。 詩宝さんの声だ。間違えようもない。ずっと聞きたかった詩宝さんの声。 詩宝さんの方から、わざわざ私に連絡を取ってくれたのだ。 それなのに、私はきつい口調で話してしまった。脅えさせてしまったようだ。激しく後悔するが、もう遅い。 私は慌てて取り繕った。 「え……詩宝さん? ご、ごめんなさい。非通知だから詩宝さんだって分からなくて……」 詩宝さんからの返事はなかったが、早く逢いたい私は、先を続けた。 『ずっと探しているんです! 今どこにいるんですか!?』 「あ、あの。それがですね……ちょっと病院に行ってまして……」 病院と聞いて、私は気が動転した。まさか詩宝さんが、病気にでもなったのではないかと思ったからだ。 詩宝さんが風邪をひいたと聞いたときでも辛かったのに、もっと重い病気だったら、私は正気を保っていられないだろう。 『病院!? どこか悪いんですか? だったらすぐうちの系列の病院に……』 「いえ、そうじゃないんです」 詩宝さんは否定する。でも、何だか苦しそうだ。 『詩宝さん?』 「そこで、検査してもらったら、いろいろお薬を飲まされてたみたいで……」 私ははっとした。 薬というのは、あの日お茶に混ぜて詩宝さんに飲ませた、媚薬のことに違いない。 詩宝さんは病気になったのではなく、病院でそれを調べられていたのだ。 おそらく、堂上晃に強要されて…… ともかく、私は弁明しようとした。詩宝さんならきっと、分かってくれる。 「あの、詩宝さん。それは……」 『それで、婚約のことなんですけど、一度白紙に戻してもらっていいですか? いや、別に、縁を切るとかじゃなくて、ゼロベースでもう一度考え直すと言うか……』 ガチャ 婚約の白紙撤回。 一番聞きたくなかった、ショッキングな言葉を残して、突然通話が切れた。 詩宝さんが自分で切ったというより、話している間に誰かに切られたような感じだ。 もちろん、堂上晃だろう。 婚約を白紙に戻すよう唆したのも、あいつに違いない。 私の中の、堂上晃に対する怒りはさらに倍加した。 大体、詩宝さんに媚薬を呑ませたからと言って、それが何だと言うのか。 詩宝さんがいくら媚薬を呑んでいても、私に“女”を感じていなければ、襲ってくれることはなかったはずだ。 襲ってくれたのは、私をメスだと認識していたから。 つまり、媚薬がなくても、詩宝さんと私が結ばれるのは既定事項だったのだ。 それなのに…… 「あいつ……生まれてきたことを、後悔させてやるわ」 「お嬢様?」 「ボス?」 エメリアとソフィが、青ざめた顔で私の方を覗き込んできた。 2人とも、今の会話で、ただならぬ気配を感じ取ったことだろう。 「詳しいことは、屋敷で話すわ」 私は一度屋敷に戻ることに決め、車を出させた。
https://w.atwiki.jp/i_am_a_yandere/pages/2557.html
88 :ふたり第3話 ◆Unk9Ig/2Aw:2012/11/10(土) 20 52 32 ID SoNptnnM 俺は喫茶店を出ると、今日は俺の好きなマンガの新刊の発売日だということに気がついた。 俺は単語を覚える記憶力は全く持ち合わせていないのに、こういうことだけには記憶力が最大限に発揮されるのである。 先ほどの恐怖体験のことは完全に忘れ、本屋に向けて足取り軽く進んだ。 しばらく歩くと駅前に大きな本屋が見えてくる。5階建てで、実用書から教科書、漫画、小説にいたるまで様々な種類の本を取りそろえている。 俺が昔から行きつけにしている本屋だ。 店内は冷房が効いていて、外の熱気を忘れ、汗を拭くことができた。 「え~っとどの辺にあるのかな・・・。」 俺は今、今月の新刊という書籍コーナーの周りをぐるぐる回っている。しかしなかなか目当てのマンガが見つからない。 「ったく、分かりやすい所に置いておいてくれよな。」 ブチブチと文句を垂れていると、背中をポンとたたく感触があった。 振り向くとまるで天使の笑顔が見えた。その顔は見慣れたものだった。 「お困りですか?池上君。」 「本条さん。ここでバイトしてたのか!」 本条さんこと本条絵里は俺と同じクラスの女の子だ。 米沢とは負けず劣らず可愛い女の子である。でも、小柄な米沢と違って絵里ちゃんはすらっとした長身と大きく膨らんだ胸が特徴的で、クラスの人気を二分する二大美女の一人だ。 「うん。ここって私の家から近いからね。社会経験も兼ねて少しバイトをしているのよ。」 また、ニコリと天使の微笑みを見せる本条さん。 この笑顔を見ればどんな男でもつられて笑顔になってしまうだろう。そうでなければそいつはホモだ。 無駄話もそこそこに俺は本題に入ることにした。 「そうだ、ちょうど良かった。今日入った新刊のマンガってどこに置いてあるか聞きたいんだ。」 すると、本条さんは小首を傾げて考えるポーズをとった。 やっぱり可愛い子って何やっても可愛いんだな、としみじみ思う。 89 :ふたり第3話 ◆Unk9Ig/2Aw:2012/11/10(土) 20 53 14 ID SoNptnnM 米沢もたまにわがまま言って俺を困らせるけど可愛いから許してしまう。 可愛いってある意味犯罪だ。 「たしか、こっちにあったような気がする。ちょっとついて来て。」 ぎゅっと俺の手をつかんで引っ張ってくる。 彼女の手はふにふにと柔らかく、そして温かかった。その感触にドギマギしてしまう。 結局俺は本条さんに手を引っ張られてお目当ての新刊のマンガの在りかに辿り着くことができた。 「ありがとう、本条さん。このお礼はいつかするから。」 「そんな・・・いいわよ、困った時はお互い様だもの。」 俺は本条さんに感謝しつつレジへ向かった。 「あのぉ、お金足んないんですけど。」 「え?」 「ですからこれじゃ100円足りません。」 し、しまった!さっきの散財でマンガ一冊分の金も残ってねえ・・・。 レジに立つふてぶてしい面をしていたJKが嘲笑するような眼で俺を見る。 『マンガ買う金もないのかよ』と下に見られている気がする。 今、恥ずかしくて俺の顔はおそらく真っ赤に染まっているだろう。 その時、本条さんが少し笑いながらレジのほうへやって来た。 「あっ、本条さん。」 「池上君、お金貸してあげようか?」 「え?」 「このままその漫画が買えないんじゃかわいそうだもの。100円くらいどうってことないわよ」 彼女の心づかいが逆に辛かった。 でも、断る理由なんかないよな。と考え方をすぐにシフトして彼女に向きなおった。 「じゃあ・・・借りようかな、ありがとう本条さ・・・」 「いいえ、借りる必要はないよ、池上。」 90 :ふたり第3話 ◆Unk9Ig/2Aw:2012/11/10(土) 20 54 07 ID SoNptnnM 誰だ?俺の言葉を遮ったやつは・・・って米沢だった。 なんでこんな所に?漫画を買う金もないことなんて他の人に知られたくないのに! 「米沢・・・さん。」 本条さんがなぜか気まずそうに米沢の名を呼ぶ。 よく考えたらこの二人がしゃべってるの、見たことない気がする。何でだろう・・・。 「列の順序を守ってもらわないと困るわ、米沢さん。」 「池上、私の分奢ってくれたのは嬉しいけどね、自分の懐具合を考えてからカッコつけなよ。ほら、さっきのお礼に私が買って、プレゼントしてあげるから。」 本条さんのつぶやきを完全にスルーして、フッと笑って彼女は俺に我が子を諭すように言う。 なんか、ことごとく情けないな俺って・・・。 その時、ぶつぶつと何かの声が聞こえてきた。 「米沢さん、いくら池上君の知り合いだからって他の人を押しのけてレジの前に入るなんてルール違反だと思いませんか?」 本条さんが両手に握り拳を作って、少し目線を下にずらして、そう言った。 あれ?本条さん、どうしたんだ・・・? なんかとげとげしいオーラが・・・・。 「何言ってんだか知らないけど、私は池上にお金を貸してあげてるだけ。別に私が横はいりして品物を買ったわけじゃないわ。そのぐらいの融通もきかないのかしら、本条さん?」 米沢も本条さんとはクラスメートなのにやたら他人礼儀な話し方をしてるな。 いったい何なんだ?何でこんなに仲が悪いのだろう・・・。 二人とも黙って睨み合っている。俺は壮絶なプレッシャーを感じる・・・。 冷や汗のようなものが首筋から垂れる。 固唾を飲んで見守る俺。 その時、 「あのぉ、カバーつけますか?」 さっきのJKが間の抜けた声を響かせた。 俺はその場でずっこけた。 91 :ふたり第3話 ◆Unk9Ig/2Aw:2012/11/10(土) 20 54 49 ID SoNptnnM 私は売れ筋の悪い本を本棚から撤去し、新しく入荷した本を本棚に納める作業をしながら、さきほどの出来事を思い出していた。 思い出すだけでもいらいらする。 あの時私はお金を池上君に貸した後、明日映画を見に行く約束を取り付けるつもりだった。 もちろんメールでしてもいいんだけど、直接面と向かってお誘いをした方が礼儀正しいのは間違いない。 でもそれをあの女が邪魔をして、うやむやにしてしまった。 あの米沢という女。 あの女が池上君の事を好いているのはあの女の顔と態度を見れば一目瞭然。 周りのうわさ好きな者たちは原とかいう男とあの女が好き合っていると認識しているがそれは大きな間違い。 原とかいう男はおそらく噛ませ犬。 池上君の気を引こうと手頃な男と付き合ってしまえ、というあの女の策略が手に取るようにわかる。 でも所詮は浅知恵ね。 池上君は、私の池上君はそんな馬鹿なかまかけにひっかかるような安い男の人ではない。 むしろ逆にあの女にとって原という男の存在は枷になっているはず。 あの女は、原を切り離さない限りは、池上君に思いを伝えることはできない。 そう、切り離さない限りは・・・・ね。 「ふふふ・・・楽しみよ。楽しみ。とっても楽しみだわ・・・。」 自然と笑いがこみあげてしまう。 暗く、冷たく笑う私。 隣で立ち読みをしていた男が私の顔を見るなり、そそくさと離れて行った。 いけない、いけない。私は池上君のこととなると、つい本性が表に出てしまう。 私は学校では社交的で明るい女の子で通っている。 でも、本当の私は冷酷で残酷。 きっと、私の本性が曝け出された時、私の周りの人たちはさっきの男の人のように私から離れて行ってしまうだろう。 それでも私は構わない。池上君さえ側にいてくれればいい。 ・・・こんな私でも池上君だけは受け入れてくれるよね。
https://w.atwiki.jp/i_am_a_yandere/pages/1870.html
36 :ウェハース第三話 ◆Nwuh.X9sWk :2010/09/12(日) 17 00 58 ID 4iKpRBc0 「寝ちゃったね、穂波ちゃん」 「いつもよりはしゃいでたから、藤松さんのおかげ。今日は本当にありがとう」 皿洗いを終え、台所から出ると穂波はソファーで寝息を立てていた。 「かわいい。本当に天使みたい」 「穂波って名前、いい名前だと思う?」 うん、と穂波の頬を優しく撫でながら藤松さんは頷く。 「父さん意外と凝り性でさ、穂波の名前を決めるのに一ヶ月掛けたんだ」 「すごーい!何か意味でもあるの?」 「穂っていうのは昔の人にとって幸せとか、大地から受けた恵みを意味していたんだって。そんな幸せとか、恵みが波のように押し寄せてくるように付けられたのが”穂波”だって」 「幸せが波のように……か」 「聞いたときは安直だなぁって思ってたんだけど、穂波が生まれてからずっと幸せだった気がするよ」 等間隔で上下する穂波の胸に、少し昔を思い出した。 思えば、穂波を笑わせるために顔芸を練習したんだっけ。 「穂波、上に運んでくる。藤松さんはゆっくりしてて」 「うん、わかった。」 もう、お姫様抱っこにも慣れたな。最初は落っことして母さんにドツきまわされたなぁ、そういえば。 抱えた掌だけで穂波と母さんの部屋を開けて、布団を敷き、穂波を横にさせた。 歯磨きはさせてないけど、今日のところはご愛嬌だろ。 一階に降りると、藤松さんがウフッといった感じの笑顔で僕を迎えてくれた。 「そろそろ帰ってアリバイ作っとかないと、非行に走ったと思われるから帰るね」 「送るよ」 「いいよ、穂波ちゃん一人になっちゃうし、それに……」 「実は家が近所じゃない?」 図星って感じの顔になる藤松さん。そりゃ分かるだろ普通。 「クラスの女子から聞いたよ、本当は最寄の駅△△△駅なんでしょ?」 申し訳無さそうに、藤松さんは表情を曇らせる。 「うん。嘘付いてごめん……」 「謝んないでよ、近いのはあってるし。母さんももうすぐ帰るってメールも来たし、逆に早く送らないとちょっと面倒なんだよね、実際」 「あ、邪魔者発言ですか?それは」 怒った風に、眉間に皺を作る藤松さん。 「ほら、行こう?駅までだけでも送らせてよ」 また藤松さんがウフッて笑った。 「じゃあ、お言葉に甘えて。ありがとう、真治君。あ、それとね……出る前に聞いときたいんだけど」 「うん?」 「明日も朝来てもいいかな?」 「勿論、穂波も喜ぶ」 「…そう、じゃなくて、さ」 静かにだが、深淵の暗闇から突然浮かび上がる泡のように藤松さんの小さな声が響いた。 じっとこちらを見つめる瞳。揺れる事もなく静かに僕だけを捉えるそれは少し不気味だ。 「真治君のために……、来てもいいかな?」 37 :ウェハース第三話 ◆Nwuh.X9sWk :2010/09/12(日) 17 02 19 ID 4iKpRBc0 家を出ると昼間よりも気温は下がったけど、湿度は上げましたよって言った感じの空気で満ちていた。 ジワリと暑い。 「お邪魔しましたー」 穂波を起こさないように藤松さんは申し訳程度の声で言った。藤松さんが玄関を出てから鍵を閉めて、家を後にした。 帰り道は朝の登校の時と変わらずいつも通り、僕が藤松さんを笑わせるためにずっと喋りっぱなしだった。 映画、ドラマ、アニメのパロディや創作ネタのオンパレードである。まぁ創作ネタなんて八割ぐらいが即席モノなんだけど。 藤松さんはお腹を抱えて笑ってくれた。特に好評だったのが『武士の情け』という映画で木村裕也が目が見えなくなってから家の中で歩くたび柱に当たるという目の不自由の恐怖を訴える所のシーンのマネ。 僕の自信作だ。これを映画を見に行った後の平沢の前でやったらすごくウケて一週間くらい会うたびにアンコールされてた。 「だ、駄目、ふ、ふっきんがぁ」 しかしこれには大きな弱点がある。映画を見た人になら誰にでもウケるが、みんなが爆笑するので普段はクール系や、おしとやか系の人の仮面を剥がしてしまう。 藤松さんも学校では物静かで、清楚で、少し影があるって感じの女子なのにさっきまで笑い転げていた。 その仮面が剥がれるところを、まざまざと見せつけられる。面白いが故の悩みでもある。 まぁ、藤松さんは笑顔も可愛いから結果オーライなんだが、やっぱり心境としては少し複雑だ。 ちなみにこの映画で主演の木村裕也、通称『キムヤ』が失明したきっかけはトリカブトの根を食べたからなんだが、この根の名称は『附子(ぶす)』といい、 僕らが日常でお顔が残念な人に罵倒や哀悼の意を表すために使う「ブス」の語源であったりする。 なんでも、食べた人は猛毒に苦しみ、七転八倒、阿鼻叫喚の末、恐ろしいほど顔が歪み、その顔が目を背けたくなるほど酷い有様になるんで顔の表現に使われるようになったとか。 閑話休題。そうこうしている内に駅のロータリーに出た。 駅に入り、改札の前まで来ると何だか少し名残惜しくなった。 「……じゃあ、また明……」 言葉が遮られた。背中に藤松さんが急に抱きついてきた。 藤松さんのブラの少し硬い部分が抱きつく事で押され、潰されていく。形を変えていくのが服越しにだが分かる。 「ごめん……もう少しだけ、一緒にいて。お願い」 そう言って手を強引につかみ、指を絡ませてくる。 心臓が鷲掴みにされたように、全身の血流が止まった。いや心臓をいきなり止められても血流は三回は全身を回って心臓に戻ってくるが、そんな野暮な事はどうでもいい。表現の問題なんだ、こういうのは。 「……ごめんね、ワケ分かんないよね。でも、私もそうなんだ、ワケが分からないの。なんだか離れたくなくって……ごめん…。ごめんね」 彼女、藤松小町は震えていた。 「わかった、とりあえず駅一回出ようか」 「……うん、ごめん」 彼女はそう言ってから僕の手を握り直した。 僕は彼女を手を引いて駅を出た。 38 :ウェハース第三話 ◆Nwuh.X9sWk :2010/09/12(日) 17 03 03 ID 4iKpRBc0 駅を出て、個々に落ち着いてから三十分くらい彼女の手を握りながら夜空を見上げていた。 駅の近くにあるブランコと鉄棒、それからベンチしかない公園の前にはさっきみたいな人通りはない。たまに犬の散歩でもしているおばちゃが通り過ぎるくらいだ。 「俺さ……、藤松さんの告白ウソだと思ってたんだ」 藤松さんはただ僕の手を握り返すだけで反応をみせる。 「女子とかは『えー、だって神谷くん面白いからモテそう』って言うんだけどさ、実際そんな事無くって、人に好きになってもらえた事なんてなかったから藤松さんの告白も面白がった女子グループのドッキリかなって思ってた」 藤松さんはまた手を握り返してきた。ちょっと手が汗ばんできた気がしたけど、全然不快じゃなかった。 「だから、ごめん。簡単に付き合うって返事言ったりして」 「……、じゃあなんで」 「ん?」 「なんで付き合ってくれたの?」 「ドッキリってさ、失敗するとドッキリ仕掛けた人が一番辛いんだよね」 僕は藤松さんに笑って見せた。なんだかそうしないと自分が潰れてしまいそうで、多分こういうのが僕の仮面なんだと思う。 「だから、そういうの分かってる僕がノってあげたら誰も傷つかないし、面白い。そう思ったんだ」 そう言うと藤松さんは恥かしそうにして、顔を伏せた。 ちょっとクサかったかな? 「……ズルいよ、いい事さらっと言っちゃうんだもん」 少し、藤松さんの握る力が強くなった。 やはり相当クサかったみたいだ。我ながら聞いた人の方が恥かしがる事を言うなんてどうかしている。 「あ、あのさ、」 藤松さんは恥かしそうにして、握っていた手を見る。 「い、今は……」 「……」 「なんで付き合ってくれてるの?」 そうなんだ。もうドッキリじゃないって分かったら、僕としては付き合う必要は無いんだ。 「それを答える前にさ、僕も一つ聞きたいんだけど……」 少し間をおいて、息を吸う。じゃないと押しつぶされてしまいそうだから。 「なんで、僕が好きになったの?」 藤松さんはきょとんとした表情のまま首を傾げた。 「俺、藤松さんとなんも接点無かったでしょ?何回か喋った事があって、ただそれだけ。遊んだ事も無かったし、アドレスも知らない同士だったのに」 「えっ……?そんなにおかしい事かな?」 「いや、うん。多分おかしいと思う。だってそれって……」 「一目惚れみたい?」 薄っすら笑顔を浮かべて藤松さんは僕の言葉を紡ぐ。 「……うん」 「私、告白とか付き合うとかそういうの初めてだけど……、一目惚れっていう理由は充分だと思うけど」 藤松さんと繋いでいない左手を握りしめる。 駄目だ。 そんな簡単な理由じゃ、僕は駄目なんだ 39 :ウェハース第三話 ◆Nwuh.X9sWk :2010/09/12(日) 17 04 18 ID 4iKpRBc0 「あるよ、ちゃんとした理由」 少し暗くなった僕を見かねたのか、藤松さんはいつものウフッて笑いながら続けた。 「初めはね、少し一目惚れも入ってたけど、それはただのキッカケ。興味を持つための」 「きっかけ?」 「うん。でね決定打があったの。それも決定打なんて言ったけどそれが三回も」 藤松さんは握っていない方、左手の親指で小指を押さえ人差し指、中指、薬指を上げて見せた。 「告白する前に一回、知り合ってから一回、さっきの入れて三回。あっ、でもこれだと付き合う前のヤツが決定打だね」 穏やかな彼女の笑顔が夜の闇にとても栄えて見えた。 「初めてなの、他の人の事にこんなに心が占められるの。それから私のこと見て欲しいって思った。いつもは放っておいて欲しかったのに、皆の輪の中にいる真治君がとっても遠くて、自分が惨めに見えた」 目を伏せる藤松さん、僕もなんだか居場所に困ってただ向こうに見えるブランコを見つめるだけだった。 「なんとかしなきゃって、必死に考えてやっと行動したのがラブレター。それも自信がなかったから。真治君を私って言う人間一人だけの魅力で二人っきりになれる自信が無かったから宛名も書かなかった」 ズルいよね?そう言って自嘲気味の笑みを見せる。 「私それまであなたに近づくために必死だった。周りの人と話してみたり、メールの打ち方勉強したり……。でもやっぱり駄目だった。そんな事をしても無駄って分かっただけ」 「知らなかった」 「だって、あなたの事は一度も他の人に聞かなかったから。なんだか、名前を呼ぶのも書くのも意識しちゃって……馬鹿みたいだね」 ココまで聞くと小学生男子みたいな奴だな、と素直に思った。 「恥かしいけど、勉強とかしてる時にね……その…笑わないでね?」 「いや、聞いてみないことには…なんとも」 「じ、じゃあ言わない!」 恥かしがったり、怒ったり、ころころ表情を変える藤松さんが何だか僕には新鮮だった。いや、呆気に取られていたといってもいい。 「分かった、努力する。気になるから早く」 「うー。えっとね…、その……苗字とか変えた名前書いたり、してたの」 「は?」 「だ、だから…苗字の藤松のトコ変えて……、神谷小町とか、書いてみたりしてたの……」 恥かしがる藤松さんを置いて、僕は笑いを噛み殺した。それも唇を噛んで必死に笑いを堪えた。 だって、そんな痛い事するの思春期の男子ぐらいだと思ってたから、なんだか妙にツボに入って、笑えてくる。 駄目だ、堪えきれない。 僕は藤松さんとは違うほうを向いてから爆笑した。 一分間爆笑した後、待っていたのは藤松さんの涙を溜めた視線だった。 「……うそつき」 初めて見た拗ねた藤松さんの表情も、とても可愛かった。 40 :ウェハース第三話 ◆Nwuh.X9sWk :2010/09/12(日) 17 05 08 ID 4iKpRBc0 それから藤松さんを宥め、二人で少し談笑した。小学校の時の夢とか、中学校での思い出。とにかく色々だ。 最後に僕の中学の話をした。 僕の中学で靴下に関する決まりで、靴下は踝以下は駄目で色も白に統一されていた時があった。 僕たちは勿論労働組合(生徒会)に立候補し、教師達と戦った。 もう生徒の声なんか頭ごなしに聞くようになっていた教師達の対応に怒り心頭だった僕らは生徒集会の最後の直談判の翌日。 僕らのクラスの同じ志を持つ全員が黒のニーハイソックスを穿いて登校する計画を立てた。 勿論下半身はブルマだ。これには少し男子生徒としての正義も入っている。 しかし、穿いて来たのは僕と平沢を含む男子数名だけで、逆に緊急集会で吊し上げにされただけであった。 これが学級新聞に取り上げられ、それを見たPTAの人が直談判し、学校側は事件をもみ消す代わりに、靴下の制限を無くしたのだ。 しかし、その体罰をネタにして文化祭のクラスの出し物の候補にニーハイソックス喫茶を提案すると担任がブチ切れた。 主謀者である僕と平沢を殴り、これまた不幸な事に殴られるダメージを減らすために殴られる瞬間に 拳が飛んでくるのと同じベクトルに飛んだ平沢にパンチがクリーンヒットし、平沢は慣性の法則にしたがって壁に突き刺さった。 そして、学校側はこれをもみ消すためにニーハイソックス喫茶も許可した。 ここで、藤松さんは爆笑した。目に涙を浮かべ、腹筋を痙攣させている。 少しオチは弱いが、それはいくらでも肉付けすればどうにでもなる。 藤松さんの爆笑の波が過ぎて、やっと落ち着き始めた頃、僕の携帯が鳴った。母さんからだ。時計を見るともう十時前。 来たメールはたった『帰りにアイス買ってきて』という内容だけで、帰りが遅くて心配させたかな?と思ったがなんだか損した気分だ。 時間を告げると、藤松さんは少しビックリしてから、困ったように笑った。 「送るよ」 「うん。ありがとう」 今日四回目の駅前のロータリーを抜けて、改札まで行く。 それから僕は藤松さんに聞いた。 「決定打はなんだったの?」 「駄目、教えない」 財布から定期を取りながら藤松さんは悪戯っぽく笑う。 「だって、一つって言ったでしょ?」 『でしょ?』の語尾の上がりだけで胸がキュンとした。なんだかもう笑うしかない。 「それじゃ、」 「うん。また明日」 僕は藤松さんが改札を抜けて、手を振るのを見た後、踵を返して駅を出た。 駅を出る前にもう一度振り返ると、まだ藤松さんがいた。じっと僕を見つめている。 なんだか反応に困って、とりあえず手を振ると、藤松さんはどう形容していいか分からない笑顔を浮かべてから、手を小さく振って返事をしてくれた。